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中国がドイツに贈った「巨大マルクス像」が大論争を起こしたワケ

来賓たちのスピーチも歯切れが悪く…

カール・マルクスの生まれた町

ドイツの西部、ルクセンブルクとの国境近くのモーゼル川の滸に、トリアという町がある。2000年も前に古代ローマ人が住み着いたところで、ドイツ最古の町といわれる。

実際、今でも工事で穴を掘ると、ぼろぼろになったローマ時代の貨幣が出てきたりする。遺跡もあちこちにあり、町の真ん中には、世界遺産ポルタ・ニグラ(ラテン語で「黒い門」)が堂々と聳え立っている。

トリアはワインの産地でもある。古代ローマ人は基本的に、ブドウのできそうなところにしか入植しなかった。だから、トリアはドイツワイン発祥の地だ。もっとも、ローマ人の持ち込んだ赤ブドウはモノにならなかったらしく、その後、試行錯誤の末、土地に適したワインが出来上がった。有名なモーゼルの白ワインだ。

ローマ人がいなくなり、西ヨーロッパは荒れに荒れ、その後、ようやく神聖ローマ帝国ができて世の中が落ち着いたとき、トリアは再び重要な町となった。トリアには大司教が座し、神聖ローマ帝国の皇帝を選ぶ選帝侯の権利も手にし、帝国内で権勢を誇った。

 

さて、その神聖ローマ帝国が滅びたあと、今から200年前の1818年5月5日、カール・マルクスが、ここトリアで生まれた。マルクスは共産主義の父なので、今では、毎年何万人もの中国人観光客が聖地巡礼のようにトリアにやってくる。

中国は現在、究極の資本主義の国なので、この現象はちょっと腑に落ちないが、いずれにしても4年前、この町を訪れた私は、あまりの中国人の多さに、ここは中国かと思ったほどだった。

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そのトリアに、このたび、カール・マルクス生誕200周年を記念して、中国からマルクスの巨大なブロンズ像が寄贈されることになった。

最初は、等身大ということだったので、マルクスの生家(博物館となっている)の前にでも置こうかという話だったが、そのうち中国側から、像が大きくなってしまったという連絡が来た。呉為山(Wu Weishan)という著名な彫刻家の作品で、土台も入れて5.5mにもなるという。偉人の像が巨大になるところは、世界の独裁国家の共通の特徴でもある。

そこで去年、そのマルクス像を受け取るかどうかの大論争が起こった。ヨーロッパには、共産主義政治の支配下で被害を受けた人々がたくさんいるので、マルクス自身も必ずしも肯定的には見られていない。

特に旧東独でのマルクス評は真っ二つに分かれている。実際、旧東独のカール–マルクス–シュタット(シュタットというのは町という意味)という地名が、東西ドイツの統一後、即刻、昔の名前であるケムニッツに戻されたほどだ。

しかし、大論争とはいっても、現在のドイツは経済的に中国にどっぷり依存しているし、実際問題として、ドイツと中国の仲は悪くない。せっかくのプレゼントを断って、中国の機嫌を損ねたりしては、それこそ大変!ということで、像を受け取ることに決まった。

言うなればトリアは、「未来のカール–マルクス–シュタット」への道を歩むことにしたのである。