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「他人を恨んでいたらダメになるぞ」父の古い友人が教えてくれた言葉

現役証券マン・家族をさがす旅【15】
町田 哲也 プロフィール

ぼくの気持ちを推し量ったように

松田氏が父との思い出で鮮明に憶えているのは、野川発條の本社でパン屋を開こうとしたときのことだった。まだK市でロビンズを開業する前だ。勝手に準備をして、松田氏にほとんど何の相談もなかったという。

父には、松田氏の妻に店番をさせるという計画があったようだ。しかし妻の父親に「何でばね屋がパンを売るんだ」と反対されて、話は流れた。

もう花輪まで用意していたので、相当ショックだったのではないかと松田氏はいう。その後本当にパン屋を開いたことも、松田氏が父を評価している理由でもある。

ばねというのは一般の人は普段見ることのない部品だが、あらゆるところで使われている。乾電池や蛍光灯、ホチキスといった日用品で見かけるのは、ほんの一部だ。自動車には200種類ものばねが使われているが、自動制御の進展により生産が20%減少したといわれている。

昔は自動車部品に採用されれば5年間は注文が来るので、当面の収益を読むことができた。野川発條はバブル期には事業をプレスにも拡大し、20人近くの従業員を雇っていた。毎月1000万円単位の売上げがあり、一流メーカーとも取引があったが、リーマンショックで多くは失われた。

「これからはどうなっていくのかね」

世の流れに先手を打ってきたという松田氏も、ここから先は見通しが立たないという。

 

生産を外注して、土地の大半を売却したのは2016年のことだ。今では、長男と事務員の三人で会社を回している。どうにか借金がなくなっただけでも良かったという。

別れ際、荷物をまとめているぼくに、松田氏は小さなばねを見せた。

「これ1個で、どれだけ利益が出ると思う?」

「そうですね……」

考え込むぼくの答えをしばらく待つ素振りをしたが、松田氏は「ほとんど何も残らないよ」とつまらなそうにいった。

「本当に嫌になるほど、儲からない仕事だ。この歳になっても会社を経営して、どうにか頭もはっきりしている。あなたのお父さんとは違うように見えるかもしれないけど、ほとんど何も変わらないかもしれないな」

「そんなことはないですよ」

「いやいや、本当だよ。長く生きていれば、いろんな人に迷惑をかける。勝手ないい方かもしれないが、それは仕方ないんじゃないかと思う。町田の人生はたしかにメチャクチャなところが多かったかもしれないが、恨むのだけはやめておいた方がいい。他人を恨んでいたら、ダメになるのは自分だからな」

ぼくの気持ちを推し量ったようないいぶりが、強く印象に残った。

わずかな介護休暇をやりくりして

この頃ぼくは、週に1日は会社を休んで病院に行くようになっていた。要介護状態の親を持つ場合、介護休暇の取得が認められている。

法律上は年間5日間以上と定められているが、これでは週に1日休めば、ほぼひと月で取得し終えてしまう。

ぼくのように、小さい子どもがいる家族はどのように対処しているのだろうか。

有休の残りが少なくなるにつれ、今後に対する不安が頭をもたげてきた。

ぼくが病院に行くと、すでに父はテレビのある一般病室に移動していた。四人部屋の、一番入口に近いベッドだ。ほかの3人の患者も、見舞客が絶えない。にぎやかな雰囲気で治療に専念できることが救いに思えた。

父はリハビリで自分の運動靴を履き、車椅子なしでスタッフと廊下を往復していた。こんなに長く歩く姿を見るのは、入院して以来はじめてのことだった。途中ソファで休むものの、独力で立ち上がっている。着実に体力がついてきている。

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