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『池の水ぜんぶ抜く』人気の理由 。なぜこんなに心地よいのか

攘夷・勧善懲悪・神様の気分…
堀井 憲一郎 プロフィール

攘夷思想とそっくり…

日本古来のものは善いものであり(このまま存在しつづけても良いと認められたものであり)、あとから入ってきたものは悪しきものである(出て行ってもらうことになる)という二分法は、とにかくわかりやすい。

自分も「日本古来の人間である」と信じられる人にとっては、とても心地いい展開である。

ただ、この考え方は、かつて「攘夷思想」と呼ばれていたものと同じである。

夷狄を打ち攘(はら)う。そういう思想。

どうやら、この考えは鎖国の時代だけのものではなく、我が国に深く根付いているかなり強い土俗感情のようだ。その土俗感情を、うまーくすくい上げたところが、この番組の成功のもとなのだ。

本来の日本に住むものだけを残し、それ以外を施設に送り込むということを、人間相手にやったら許されるものではないが、相手はカメとか貝とかエビとかコイなので、善いこととされている。

おそらく当人(というか当カメ、当貝)たちが「国境を越えてしまった」という意識をまったく持っておらず(確認してないが、たぶん持ってないとおもう)、そこを断罪して排除するから、何とかなっているのだろう。

(彼らが決死の決意で国境を越えてきた、という意識を持っていたら、その抵抗はもっとすごいものになるし、排除側の心の負担が大きくなってしまう。)

勧善懲悪的でもある

欲望を強く満たしてくれるのは、この「海外のものを取り除く」という部分だけではない。

「掻い掘り」作業を通して、マナーを守ろう、という意識を強く訴えているところもある。

つまり「池にゴミやペットを捨てるな」という注意である。

ミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)やカミツキガメ、ワニガメ、またこの番組で捕獲されることはないがアライグマなど、これらは人がペットとして飼い始め、途中で飼育をやめて野外に捨てたため、野生化して日本に定着した、と言われている。

これを“悪行”として非難し、警告を与えているのだ。

 

人手をかけ、「心ない人がいなければ日本に定着することのなかった(と信じられている)外来種」を掻き出し、排除し、「もとのすばらしい日本らしい池に戻す」という作業を顕示することによって、「勝手にペット放流した人」へ強く抗議している。

そこが、共感をよぶ。

「身勝手な行動がこういう手間をかけさせているんだぞ」と示し、それによって、ペットを捨てた人を懲らしめているような気分になる。

悪を懲らしめ、善を勧めた気持ちになれる。実際はどうであれ、そうおもうことで、すっきりする。

やはり勧善懲悪はテレビでは人気があるのだ。

攘夷思想と勧善懲悪をうまく織りこみ、その思想性を声高に叫ぶのではなく、ただひたすら掻い掘りに従事している姿を見せ(公共のために働く姿には圧倒的な説得力がある)、いろんな欲望を満たしてくれるところが、この番組の人気のもとである。

テレビ東京のすごみは、欲望に対して忠実で貪欲なところにあるとおもう。

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