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女性のケガレって何…? 土俵の女人禁制は「出産排除社会」の原型だ

「中途半端な伝統」はもうやめよう

大反響を呼んだ「日本はなぜ子育てが世界一難しい国になったか?50年で変わったこと」。子育てが困難な日本では、そもそも出産が困難である。かつてお産がオメデタではなくケガレとされた時代があった。
家族社会学を専門とする落合恵美子・京都大学教授が、土俵の女人禁制の話題を通じて、固定化した家族観やジェンダー観を問い直す。

相撲協会が守ろうとする「伝統の中身」

「土俵の女人禁制」が繰り返し話題になっている。

とうとう日本相撲協会は土俵の女人禁制の是非を問うアンケート調査の実施を決めたという。街頭インタビューでの意見はまっぷたつに割れている。

「伝統なのだから尊重しなければいけない」VS「伝統は大切だが時代に合わせて見直すことも必要だ」

面白いことに、どちらの立場も伝統は尊重すべきだという前提は共有したうえでのことらしい。

では、肝心の伝統の中身はどういうものなのだろうか。

お産はケガレだから、お産をする女性はケガレているから土俵に上げてはいけない、というのが伝統の中身だと知ったら、それでも「伝統は尊重」すべきだと思うだろうか。

お産がケガレ? と初めて聞いて驚いている方もいるかもしれない。わたしが教えている大学の教室でも、知っている学生は20人に1人くらいだった。

お産はオメデタ、というのが今の大方の常識だろうから、お産がケガレとはにわかには信じられないようだ。もうほとんど覚えている人はいないなら、寝た子は起こさず、みんなで忘れてしまったほうがいいのかもしれない。

しかし、それでは女性が土俵に立てない理由がわからない。

理由をみんなでわかったうえで、この伝統を守るのか変えるのかを考えるのでなければ、「お産はケガレ」「女性はケガレている」という前提はうやむやなまま生き延びてしまうことになる。

この社会はお産をどのように扱ってきたのかを再認識するためにも、お産とケガレの問題を正面から見直しておきたい。

 

女性のケガレは深刻?

いまどき「ケガレ」という言葉自体、耳にすることは少なくなった。

日常の中に例を探すとしたら、喪中はがきだろうか。身内に不幸があったので、新年のご挨拶をするのがはばかられるため、あらかじめ欠礼のお知らせをする、というものである。

死は重大なケガレであるので、接触した遺族もケガレてしまうから、ケガレの感染を避けるため、お祝いや神事への参加を控える。

初詣など神社の参拝もせず、しめ飾りもしない。葬式に出席した人は、ケガレが伝染しないように、自宅に入る前に塩をまいてお清めをする。