不正・事件・犯罪 中国

北京大学が女学生の「Me Too」告発を圧殺しようとした事情

学生運動の広がりを恐れているのか

突如キャンパスに出現した壁新聞

今から30年以上前の1987年2月、初めて北京に行った時のことだ。

留学先の北京大学のキャンパスを散歩していると、学生向けの掲示板に何か貼り紙の跡があるのに気づいた。ガラスの上には紙の断片や糊の跡が残っていたが、すでに剥がされた後で内容を知ることはできなかった。

以前から留学していた日本人学生に、何が貼ってあったのかとたずねると、民主化を要求する学生らのメッセージだったと教えてくれた。

実はこの2カ月前の86年12月、中国国内では大規模な民主化要求デモが発生していた。安徽省の中国科学技術大学で起きた民主化要求の動きは、各地に広がり、北京や上海では学生デモが起きた。

鄧小平をトップとする共産党指導部は年が明けた87年1月、「ブルジョワ自由化に反対する」として、民主化デモへの対応が手ぬるかったという理由で胡耀邦総書記を事実上解任した。

2年後に胡耀邦は失意のうちに死去、彼の死を追悼する学生運動がやがて大規模な民主化運動となり、天安門事件の惨劇を引き起こした。

北京大学のキャンパスはこうした「大字報」(壁新聞)がしばしば登場している。特に、文化大革命(1966年~)や89年の民主化運動では、学生らは競い合って自らの見解を壁新聞で発表した。

それだけに壁新聞の登場は何らかの政治的な動きの風向計となるが、4月23日、北京大のキャンパスに突如壁新聞が登場したことが、海外のメディアでも報じられるなど大きな関心を呼んでいる。

 

事件のきっかけは、20年前に北京大学で発生したセクハラ事件だ。

1998年、当時北京大中文学科の副教授だった沈陽(一部の報道は「瀋陽」と表記しているが誤り)という教員からたびたび性的被害を受けていた同大の女子学生、高岩さんが自殺した事件について、今年4月5日になって、高岩さんの友人だった女性がネットで暴露した。

これを受けて北京大学の学生8人が大学当局に当時の調査結果の公開を求めたが、このうち岳昕さんという4年生の女子学生に対し、指導教員らが申請をやめるよう本人や家族に圧力を掛けたとして、岳さんが23日これを公開書簡で明らかにしたことから、騒動が広がった。

こうした中、北京大学の校内にある共産党の宣伝欄に23日夜、壁新聞は登場した。「勇士岳昕を声援する」と毛筆で書かれた壁新聞は次のように書かれていた。

「我々匿名の者たちは、岳昕さんが実名で訴えた勇気に敬服し、恐れることのない堂々とした気風に感服する。当局者の諸君は何を恐れているのか? 

岳さんが最も恐れているのは、五四運動の先輩に申し訳が立たないことであり、精神の開学記念日を壊すことであり、あなたたちが恐れるのは、『騒ぎが起きる』ことであり、業績としての開学記念日を壊すことだ。これは誰と誰の闘争なのだろうか?これは『2つの北京大学』の間の闘争なのだ」

北京大学構内に張り出された岳昕さん擁護の壁新聞。写真出所:ネット上

北京大学は1919年の五四運動(日本の「対華21カ条要求」に反対した愛国運動)の中心地となったとして、5月4日を開学記念日としている。特に今年は開学120周年で、祝賀ムードが広がる中での事件だった。壁新聞は大学側が開学記念日を無難に乗り切ろうと、騒動が起きるのを押さえ込んだと批判したのだった。壁新聞は直ちに剥がされたが、ネットでは画像が広がった。

岳昕さんは北京大学外国語学院に2014年に入学、インドネシア語を専攻、ソーシャルメディアで文章を発表するなど活動していた。