新井さんはオリーブ畑を障害者たちの「居場所にしたい」と言う Photo by iStock
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再犯ゼロを実現させた「ひとつ屋根農業」のすごい効果

奇跡の自立支援と言ってもいい

愛媛県今治市の松山刑務所大井造船作業場から脱走し、逃走していた受刑者が、広島市内で身柄を拘束された。実質「矯正施設」のような刑務所だったこの作業場からの脱走の理由は「刑務所での人間関係が嫌になったから」と報じられている。

埼玉に、奇跡のような自立支援NPOがある。なんと、ここに在籍する触法障害者の再犯件数は1件もないというのだ。

触法障害者とは、知的な障害を抱えて法に触れることをしてしまう人たちのこと。受刑者の中には、出所後も暮らす場や仕事、サポートする人がなく、結局再犯につながるケースが少なくない。

埼玉にあるこのNPO法人は、こうした触法障害者やニート・精神障害者など行き場のない人のために、生活寮付きの農業で自立支援をしている。障害者の就労を取材し続けているジャーナリストのなかのかおりさんが、再犯防止に成功している理由を探った。

 

触法障害者がオリーブや野菜を作っていると聞き、埼玉県熊谷市のNPO法人「グループファーム」を訪ねた。生活を共にする家があり、オリーブが植えられている。少し行くと広い畑やビニールハウスがあって、メンバーが野菜の苗作りや袋詰めにあたっていた。

カメラを向けると最高の笑顔を見せてくれた。代表の新井利昌さん(43)が描く、「オリーブ畑をどんな人も暮らせる居場所に」という夢を紹介する。

「みんなの父」新井さん(写真右)とメンバーたちの笑顔がすべてを語る 撮影/なかのかおり

19歳のときに障害者対象の寮を

新井さんの両親は、熊谷市で縫製業を営んでいた。福祉法人の知人に協力し1993年、自宅を改装して知的障害者の生活寮を始めた。96年には障害者の支援をするために父と株式会社「埼玉福興」を立ち上げた。新井さんは生活寮の仕事をしながら大学を卒業した。

「19歳の時に突然、障害者と一緒に生きるようになりました。やるしかない状況で、戸惑いも感じなかったですね。一人ひとりは目の前にいる『人』で、健常者も障害者も変わりません。昔も今も、自然体のまま一緒にいます」と新井さんは振り返る。

生活寮に住む障害者の働く場がなく、下請けでミシン作業をしていた。それも縮小し、血圧計のパーツ作りやボールペン組み立てをやったが安定しない。仕事が海外に移り、機械化して減っていった。新井さんは下請けをやめ、農業に参入することに。「食料があれば食べていける」「農業はいろいろな作業があり、障害の程度に応じて何かしらできる」との期待もあった。

2003年、生活寮の運営と農業に取り組むNPO法人グループファームを設立。近隣にないものをとひらめき、新井さんは小豆島を訪ねてオリーブの木を200本買い、熊谷に植えた。

メインの農業としては、水耕栽培から始めた。富山で障害者雇用を実現している会社を知り、現地でノウハウを教えてもらった。ハウスなら天候や季節を問わず、雨が降っても仕事がある。サラダホウレンソウの栽培を始め、試行錯誤した末に軌道に乗った。09年に農業をするB型の福祉事業所「オリーブファーム」をスタート。

さまざまな農業を手掛けた 写真提供/新井さん