政局

大阪地検特捜部「佐川前長官の立件見送り」なら国民はなにを思うか

重要な一点を見失っていやしないか

「国民感情」が欠けている

「佐川(宣寿前国税庁長官)氏、立件見送りへ」――。

森友学園に絡む公文書改ざんなど財務省の疑惑を捜査する大阪地検特捜部は、佐川氏を参考人聴取するなど詰めの捜査を行っているが、検察関係者の話として伝わってくる情報も、検察OB弁護士の解説も、「公文書改ざんを罪に問うのは難しい」という悲観的なものばかり。出される結論は、上のように「立件見送り」である。

想定される罪は、虚偽公文書作成罪、公文書偽造・変造罪、公用文書等毀棄罪の三つだが、いずれも「改ざんによって文章の趣旨が大幅に変わったかどうか」が重要なポイントで、今回、契約の方法や金額など根幹部分に変更はなく、文章の本質に変わりはないので罪には問えないのだという。

この判断には、重要な部分が抜けている。「国民感情」である。

 

国有地の安値払い下げという森友学園疑惑の発覚から1年以上が経過、繰り返された国会論議とメディア報道によって、国民は「安倍昭恵・首相夫人が籠池泰典・森友学園理事長夫妻に利用され、その結果、財務省などの官僚が忖度し、便宜を図った事件」という本質に気付いている。

そして、今年3月に発覚した公文書改ざんは、そうした「忖度の経緯」を消去する作業だった。佐川氏は、特捜部に改ざんの理由を問われて、「役所を守る気持ちがあった」と、述べたという。

昨年2月以降、理財局長として国会答弁に立った佐川氏は、昭恵夫人や政治家の関与を問われて、「一切ない」と否定、「交渉記録は残ってない」「価格を提示したことはない」と、断定した。その答弁に合わせた改ざんであることを供述したわけである。

公文書改ざんの意図と理由があり、佐川氏が具体的に指示したかどうかはともかく、「役所ぐるみの改ざん」があった。それでも、「文書の趣旨が変わっていない」として、財務官僚は罪に問われないのだろうか。

公文書は、「公文書等の管理に関する法律」によって、「歴史的事実の記録」と定められ、「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るもの」(第一章総則第一条目的)と規定されている。

財務省は、その国民共有の財産を、省益のために奪った。14もの決裁文書で、安倍昭恵夫人や政治家の存在を消し、財務省にとって都合の悪い部分は削除した。それが「刑事罰を課すほどの罪ではない」という検察の判断は、国民の財産を検察が奪うことにもつながるのではないか。

百歩譲って、捜査権と公訴権を持つ検察だから、法に沿って「立件せず」の判断をしたとしよう。公判を維持できるかどうか、有罪に持ち込めるかどうかの判断は、プロの自分たちに任せておけ、というわけである。

だが、2000年以降、本格化した司法制度改革や、その流れのなかでの検察改革とそれに伴う刑事訴訟法の改正は、裁判や捜査を「法律のプロ」に任せるだけでなく、国民の理解を深め、認識を高めることを目的としていたハズだ。

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