画/おおさわゆう
医療・健康・食

「体育会系体質がないと外科医には向かない」は本当か

覆面ドクターのないしょ話 第14話
お医者さんになるには、難関である医学部の入学試験と医師国家試験に合格しなければならず、最もインテリのイメージが強い職業だが、外科医の世界だけはどうも雰囲気が違うらしい。手術を成功させる基本は、切る、縫うの手技であり、これを身につけるには先達から習うしかない。厳しい徒弟制度のなかで脈々と技術が受け継がれていく世界は、大工や寿司職人に近いのかもしれない。

外科のシステムは徒弟制度なのである

「なぁ、佐々木君、あんた、S部長のお弟子さんかい?」

宴会の席で私はある麻酔科の先生にこう訊かれた。麻酔科の先生は杯を片手になおも続けた。

「俺は麻酔しながらオペものぞくだろ? 長年この仕事してると、オペレーターの手術の仕方やその人の癖を見れば、誰の指導を受けたのかがわかるんだ。つまり、その人の師匠が誰かがわかるんだよ。あんたのそのハサミの使い方、S部長にそっくりだよ」

うれしかった。師匠はハサミの使い方が丁寧だった。さらに麻酔科の先生はこう言った。

「つまり俺が言いたいのは、初期研修がいかに大事かってことだよ」

 

会社に入ったら、先輩から仕事を教えてもらう。同じように、外科では手術の手技を先輩から教えてもらう。

歌舞伎の十八世・中村勘三郎はかつてこう言ったという。

「歌舞伎はまず、先人の教えをそのままそっくり真似る。つまり完全なコピーを作る。そっくりできるようになるまで稽古を重ねる。その殻を破って新しい演技ができるようになったら『型破り』という。基礎も型もできてないのに、ただ新しいことをやろうとする、それを『型無し』という」

外科では、メスの使い方、ハサミの使い方、剥離(はくり)の仕方、出血の止め方などを手取り足取り先輩から教えてもらう。ということは、外科は体育会系だということだ。先輩後輩の上下関係に厳しい体育会系体質が合わない人には外科は向いていない。とどのつまり、外科のシステムは徒弟制度なのである。

「来週、お前にこの手技を教えるから、よく勉強して来い!」

その日から必死に医学書を読む。だが完全に理解できない。そして当日、やってみたが上手くできない。

「お前全然理解できてないな」と先輩に怒られて、勉強し直し、再度やって怒られて、先輩と一緒に飲んで、徐々に技術は上達する。

これは外国でも同じらしい。ある先生がアメリカに留学し、細い血管を縫うテクニックを勉強していたときのエピソードを聞いたことがある。

毎日毎日マウスの細い血管を縫う練習をしていた。先輩に認められると、「じゃ、やってみるか?」と言われ、実際に手術の現場で患者さんの血管を一本縫わせてもらった。ところが人間の血管では緊張してしまい、手が震えて上手く縫えない。すると、すかさず執刀の先生から、「Change !」と言われて選手交替。その日からまた(マウスで練習)→(実際の手術の現場で縫う)→「Change !」→(振り出しに戻る)の繰り返しだったそうだ。

少しでもモタモタすれば、師匠から「チェンジ(交代)!」と告げられる厳しい世界(photo by istock)

最近、後輩に教えていて、時代が完全に変わったのだなぁ、と身をもって知った出来事がある。

ある麻酔の手技を20歳年下の後輩に教えることになった。

当日、「勉強してきたか?」と上から目線で後輩に訊いたところ、彼は、「はい!」と自信たっぷりに答えた。

「どの本で勉強した?」
「You Tubeです!」

なんだと~っ、You Tubeだと!? 

ネットで勉強するなんて、あきれて物が言えなかったが、後輩に矢継ぎ早に質問してみるときちんと答えるし、予想外によく理解できている。ふむふむ……実際にYou Tubeを見てみると、驚くではないか! 教科書なんかよりすごーくわかりやすく解説してあり、動画が付いているから実践的だ。「お前全然理解できてないな」と、私も少しは先輩面したかったのになぁ。

外科では1年先輩は永遠に先輩。もちろん出世に早い遅いはあるのだが、技術を手取り足取り教えていただいている以上、この上下関係が崩れることはない。

私の先輩に女医さんがいた。見目麗しく、もし雑誌に美人女医さん特集があれば、ぜひ紹介したいくらい綺麗な方だった。私がさえない中年親父という風貌なのに対して、彼女は白雪姫のように美しかった。あるとき、同窓会があり、早めにホテルに向かったところ、ロビーでその先輩にばったり会った。

「次郎ちゃん、久しぶり。元気?」
「先輩、お久しぶりです。今はどちらに勤務されてますか?」
「ラウンジで話でもしようか」

パーティーが始まるまで、ラウンジで楽しくお話しした。彼女の美貌に見惚れて、私の目はハートになり、時間が経つのも忘れていた。

「じゃ、そろそろ行こうか」

先輩に促され、私は慌てて席を立った。飲んだのはコーヒーだけ。2人で600円程度である。私は、この綺麗な先輩を女性として意識してしまい、レジで私がコーヒー代を払おうとした。

ところが、「ここはいいから」と彼女が私を制した。

そうだった! 彼女と私は先輩・後輩の絶対的な徒弟制度で育った間柄なのである。たかがコーヒーでも、たとえ先輩が麗しい女性で、後輩が中年親父であっても、先輩が後輩におごるのが外科のしきたりなのだ。

「先輩、よろしいのでしょうか?」
「私に恥をかかせる気?」
「恐縮です。ごちそうさまです!」

だがこの光景、第三者にはどう映っただろうか?

年が一つしか離れていないのに、私の方が十も二十も老けて見える。いい年したさえない風貌の中年おやじが、はるか年下の若々しいきれいなお嬢さんに向かって、「ごちそうさまです」と深々と頭を下げている。

「その日の食べ物にも事欠く元使用人が、お嬢様といっしょに食事していた」と思われただろうか?

それとも「なぜかいい女に寄生しているダサいヒモ」だと思われただろうか?