父・忠さんが撮影し、現像した村林さんの幼少期。「現像がしっかりして保存がいいので、劣化していないんです」(村林さん) 撮影/齋藤浩
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「躁うつ病だから僕にはできた」世界初の白黒写真修復技術の秘話

家族と写真への愛が成し遂げたもの

「写真の劣化には、化学的劣化と物理的劣化があります。化学的劣化は薬品や酸化性ガスによるもの、物理的劣化は摩擦や紙のやぶれによるもの。化学的劣化から修復する技術については、大手フィルム会社や大学の研究室でも『できない』と言われ続けてきたものでした。その技術を僕が個人の研究で開発することができた。その原因の一つは、僕が躁うつ病だったからではないかと思うんです」

 

こう語るのは、先日、第52回吉川英治文化賞を受賞した村林孝夫さん。吉川英治文化賞というのは、日本文化の向上につくし、讃えられるべき業績をあげながらも、報われることの少ない人や団体に贈呈される賞。昨年はパラリンピックの義足作成でも注目された臼井二美男さんなどが受賞している。

村林さんは銀塩写真と呼ばれる白黒写真の現物を修復する技術を独学で研究・開発し、2002年に特許を取得している。

現在村林さんの研究所が公開している修復技術過程はYouTubeで公開されており、写真専門ブログでシェアされているところには世界中から「すごい!」「Photoshopでは消えている顔は再現されない。これはやっぱり真似できない!」等々の賞賛の声が寄せられている。

村林さんは、その技術を、躁うつ、つまり双極性感情障害を発症したゆえに開発できたというのである。

マライア・キャリーが実は双極性感情障害だったと告白したことも記憶に新しいが、要はうつ状態と躁状態、そして通常の状態が交互にくる病気だ。村林さんの技術を開発した裏側を聞くと、一つのことを成し遂げるまでのヒントのみならず、双極性感情障害との付き合い方の具体例も見えてくる。
 

まずは世界中を驚かせている村林さんの「修復技術」に至った経緯から語っていただこう。

自宅兼研究室でインタビューに答える村林孝夫さん 撮影/齋藤浩

「父の遺言」から始まった

僕の父(村林忠さん)は資生堂でカメラマンをしていました。自宅に暗室を作り、僕が小学生になってからはそこで手伝いもさせてもらいました。そこが今でも僕が使っている暗室です。

1965年に(資生堂創業者の息子・初代社長であり写真家の)福原信三さんの回顧展が開かれることになりました。福原さんは父が助手をつとめた恩人で、父がその回顧展を担当。しかしオリジナルプリントが消失し、ネガの多くが汚染されていて使えませんでした。そんな中、僕は東京写真大学に進み、父の助けになればとネガの汚染除去の技術を身につけたんです。それでもオリジナル写真の修復はできずにいました。