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高学力だけでは不十分な時代に求められる「教育とスキル」は何か

教育の成果を最大化するには
畠山 勝太 プロフィール

教育政策に疑問を投げかけるソーシャルスキルの特徴

米国ではクリントン政権以降、20年以上に渡って教育の目的を学力に矮小化させ、特に子ブッシュ政権以降、学力テストの結果に教育資金をリンクさせるという、学力テストの結果を過度に重視する教育政策が採られてきた。

この教育の目的を矮小化させた教育政策のしわ寄せは様々な所に出現している。予算不足の学区で学力テストの対象となる科目で質の高い教員を確保するためにその他の科目での教員採用を見送るなどの策が採られた事が最も象徴的だ。

さらに予算不足が深刻な学区の間では、主要科目以外の授業を削ることで学校を週4日制にする所が増加しているし、そのような学区で少年犯罪も増加していることもこれを象徴している(参考記事)。

 

デミング教授がどのようにソーシャルスキルの指標を構築したか、そしてソーシャルスキルがどのような特徴を持つのかを見れば、教育の目的を学力に矮小化させたのが誤りであったことがより明確になる。

この論文ではソーシャルスキル指標は自己申告に基づく社会性に加えて、高校でのクラブ活動やスポーツへの参加から構築されている。

もちろん、他の指標の構築方法と比べると、改善の余地はあるが、それと同時に主要科目以外を削減することはソーシャルスキルの育成に負の影響を及ぼすことが示唆される。

〔PHOTO〕iStock

そして、日本でも近年、学力と非認知スキル(忍耐力や学習意欲などに象徴される)の間の相関の高さが認識されてきているが、学力とソーシャルスキルの間にはこのような高い相関性が認められない。

つまり、学力を上げることを狙った施策が非認知スキルにも好影響を及ぼす可能性があったことと異なり(学力を上げるために非認知スキルの向上を目指すとも言える)、学力に焦点を絞ることでソーシャルスキルを向上させることは恐らく難しい。

一方で、学力とソーシャルスキルの間には補完関係が認められる。この関係を言い換えると、先ほどの数学力とソーシャルスキルの話に象徴されるように、ソーシャルスキルの向上は、向上した学力から得られるリターンをより大きなものにしてくれる特徴を持つ。

このため、学力に特化することでソーシャルスキルの育成を見過ごしてしまうと、教育から得られるリターンを最大化することが難しくなる。

つまり、ソーシャルスキルの重要性が高まっていく社会では、これまでのような学力向上に特化した教育政策を採っていては、教育から得られる成果を最大化することが出来なくなる、ということが示唆される。