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病床の父がふと口にした「前の奥さんと、ぼくの知らない兄弟のこと」

現役証券マン・家族をさがす旅【12】

現役証券マンにして作家の町田哲也氏が、実体験をもとにつづるノンフィクション・ノベル『家族をさがす旅』。

2度の手術を乗り越え入院中の78歳の父は、20代のころ岩波映画でカメラマンとして働いたことを生涯の誇りにしている。父は当時、「ぼく」の母とは別の女性と結婚していたらしい。そのころのことを聞かされたことはほとんどなかったのだが、父はある日、病床で思い出したように語り始めたーー。

母の言葉が、わからない

父は次第に落ち着いてきたが、感情の起伏が大きい状態が周期的に訪れることがあった。重要なこととそうでないことが並列に扱われるので、どこに注意を向ければよいのかがわかりにくい。

ある日、母が子どもたちを連れた姉と一緒に面会に行ったことがあった。姉の子どもは、3歳の女の子とまだ3ヵ月の男の子だ。

孫たちを見て父はにっこりと笑ったが、何かを思い出したらしく、母を呼んだ。

「お金あるか?」

「あるけど、何に使うの?」

「1万円か2万円、返すの忘れてたから、出しといてくれ」

「返すって誰に?」

「えっ?」

母の質問に驚いたのか、父は顔を見返した。

「誰かからお金を借りてたの?」

父の意識が遠くなって以来、母が気にしていたのが、どこかに借金が残っていないかだった。父は昔、親戚や知り合いから数百万円単位の借金をしており、入院してから聞いたことのない話がいくつか話題にのぼっていた。

 

「今はわかんねえけど、後で思い出すよ」

「本当に借金があるなら、ちゃんと返さなきゃダメよ」

「わかってるよ。とにかく後で持って来てくれ」

父はふてくされたように、母が持ってきたスポーツ新聞の見出しを見ていた。

姉の家族を見送った後で母がふたたび面会に行くと、父は顔を真っ赤にして怒った。

「ずっと待ってたのに、何やってたんだよ」

「子どもたちを送ってたんじゃない」

母の言葉が、父にはわからない。先ほどまで姉と孫たちがいたことを話すと、「あの子は可愛いなあ」と表情を崩した。見舞いに来てすぐは孫が怖がってベッドに近づかなかったことや、看護師に子どもの面会は短時間で終わらせるようにいわれたことを、なぜか父は鮮明に憶えていた。

この日、父は車椅子に乗って体重測定に行った。体重は48キロ。かなりやせてしまった。ベッドに戻ると疲れたのか、いびきをかいて寝ていた。

母が帰ろうとすると目を覚まし、「銀行に3000円振り込んでくれ。絶対に忘れるな。今すぐやってくれ」と真剣にいう表情は先ほどのままだった。

翌日の昼頃に、4階の408号室に移動することになった。入院してはじめての一般病棟だ。

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