選挙 政局

内閣支持率が3割を切っても、自民党で「安倍降ろし」が起きない理由

強さの構造を解き明かす
古谷 経衡 プロフィール

(2)小泉政権【2001~06年】

小渕恵三総理の急死(2000年)を受け、「密室で誕生した」と揶揄される森喜朗政権の不人気を経て、2001年の総裁選で彗星のごとく登場してきたのが小泉純一郎である。

小泉はこのときの総裁選において、自民党の地方票で圧勝した。橋本龍太郎有利とみられていた議員票は、地方票の開票を観て動揺し、多くが小泉支持に鞍替えした。自民党地方票こそ、市井の無党派層の感覚に近かった。

かくて小泉が仕切る「劇場政治」と「自民党解体」が展開されていく。

小泉は「構造改革」を主張する典型的な新自由主義者で、小さな政府と民営化を標榜した。また外交安保姿勢は親米タカ派であった。森に続く小泉の清和会路線は、以降第一次安倍、福田康夫、第二次安倍と清和会内閣が十年以上継続する第一歩であった。

小泉の戦略の大きな特徴は、公明党との選挙協力体制の推進と、自民党を支持してきた伝統的な職能を「構造改革に反対する抵抗勢力」と名指しし、敢えて攻撃する事(旧来型の自民党支持構造の解体)により、大都市部の無党派層を自民化したことにある。

 

小泉政権末期の2005年郵政選挙は、その象徴であり完成形であった。

長年自民党を支持してきた最大の職能(全特・全国特定郵便局長会)を「郵政民営化の障壁」と名指しし、郵政民営化に反対する大臣や議員が次々に離党。離党者の選挙区に「刺客」と呼ばれる地縁を持たない落下傘候補を送り込んだ。

これにより、自民党を支持してきた伝統的職能は小泉から離反したが、それを補って余りあるほどに、都市部の無党派層が小泉支持に回った。

「地方=職能」vs.「大都市部=無党派(非自民)」の構造を、「地方=職能(非自民)」vs.「大都市=無党派(自民)」の構図に逆転してみせたのが小泉だった。

それまで都市部で苦戦していた自民は、小選挙区制の効果もあり、都市部でも勝利できるようになった。ただし中選挙区が残存し、全国比例を並立している参議院では、まだ職能の影響力が強かったので、04年参院選挙では苦戦した。

(3)第二次安倍政権【2012年~現在】

第二次安倍政権を支える構造的特徴は、小泉政権と同様の「公明党との選挙協力体制の推進」、「都市部の無党派の自民化」に加えて、「職能の再吸収」を進めた点にある。

中曽根が職能、小泉が公明党と無党派に支えられていたとすれば、第二次安倍はこれらを合わせた職能、公明党、無党派という「トライアングル」を完成させたと言える。

小泉持代に「構造改革に反対する抵抗勢力」と位置づけられ、自民党から放逐された職能は、実際には第一次安倍政権下(2006年~07年)で、「郵政造反組の復党」という形でなし崩し的に復活した。これは、当時予定されていた2007年の参院選で、強力な地盤を持つ「郵政造反組」を復党させなければ自民の議席が減るとの判断であったが、その決断が裏目に出た。

「聖域無き構造改革」を標榜した小泉路線を継承すると思われていた第一次安倍は、この復党によって都市部の無党派層から「改革を後退させた」と見なされ、結果2007年参院選で自民党は惨敗。この参議院での敗北が「安倍降ろし」を加速させ、第一次安倍の短命内閣に繋がっている。

よかれと思って行った「郵政造反組の復党」の決断が第一安倍政権の致命的ミスであった。

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