戦争

山本五十六の戦死に翻弄された、ある若者たちの運命

75年前の今日、搭乗機が撃墜さる
神立 尚紀

可動機全機での護衛を却下した参謀の責任逃れ

山本五十六が、参謀長・宇垣纒少将以下、聯合艦隊司令部の幕僚たちを引きつれてラバウルに進出したのは、昭和18(1943)年4月3日のことである。開戦劈頭、連合軍を圧倒し、太平洋からインド洋にいたる広大な範囲を勢力下におさめた日本陸海軍も、昭和17(1942)年6月5日のミッドウェー海戦で大敗、南太平洋の要衝であったガダルカナル島からも昭和18年2月に撤退し、苦戦を強いられるようになっていた。日本海軍航空隊は、ラバウルを拠点に、少ない機数でガダルカナル島やニューギニア東部の要衝・ポートモレスビーの米軍基地への攻撃を繰り返し、連合軍の出る杭を押さえようと必死の戦いを繰り広げていたが、この頃になると、前線に兵員、物資を輸送する艦船を上空から護衛することすらままならなくなっていた。

 

いま、ここで敵航空兵力に打撃を与えなければ、今後、日本側がますます劣勢になるのは明らかだった。そこで山本は、第三艦隊(機動部隊)の空母の全搭載機をラバウルに進出させ、ガダルカナル島、ポートモレスビーの二正面に対し、総攻撃をかけることを命じた。「い」号作戦と呼ばれる。

昭和18(1943)年4月、ラバウル東飛行場を発進する零戦を見送る山本五十六大将(中央)

山本は、この作戦の重要性を自ら示すため、ラバウルで陣頭指揮に当たることとした。明治5(1872)年に海軍省が設置されて以来、71年の歴史のなかで、艦隊の最高指揮官がその司令部を前線の陸上に置いたのは、これが初めてのことだった。

「い」号作戦は4月7日から14日にかけて実施された。出撃した延べ機数は、零戦が491機、九九式艦上爆撃機111機、一式陸上攻撃機81機の計683機。報告された戦果は、敵艦船21隻撃沈、8隻大破、1隻小破、飛行機134機撃墜(うち不確実39)、さらに15機以上を地上で撃破、というものだった。日本側の損失は、零戦18機、艦爆16機、陸攻9機の計43機。

昭和18(1943)年4月14日、ニューギニア東部のミルネ湾攻撃に出撃のため、ラバウル東飛行場に整列した空母「瑞鳳」零戦隊の搭乗員たち。手前のシルエットは、右が山本五十六大将、左は南東方面艦隊司令長官・草鹿仁一中将

ところが、じっさいの戦果は、報告されたよりもはるかに小さかった。米側記録によると、この期間に喪失したのは駆逐艦1隻、油槽船1隻、輸送船2隻、飛行機25機に過ぎない。日本側は「一定の成果を得た」と判断したけれど、米軍に与えた損害を見れば、作戦が成功したとは言いがたかった。
 
作戦を終えて、山本は、幕僚たちとともに、最前線のブーゲンビル島ブイン周辺の基地で戦う将兵をねぎらい、激励しようと、視察に赴くことを決めた。

長官一行の予定が、視察先の各部隊に無線で通知されたのは4月13日のことである。予定によれば、4月18日、まず一式陸攻2機に分乗してバラレ基地に飛び、そこから駆潜艇で往復して対岸のショートランド基地を視察、さらにバラレから陸攻でブイン基地に渡り、その日のうちにラバウルに帰ることになっていた。

聯合艦隊司令長官に万一のことがあってはと、第三艦隊司令長官・小澤治三郎中将らは視察には慎重な姿勢を見せ、もし長官が行くのなら、ラバウルに進出している空母零戦隊の全機で護衛すると聯合艦隊司令部に申し入れた。だが、聯合艦隊司令部はその申し出を断り、16日には空母搭載機を聯合艦隊泊地のあるトラック島(現・チューク諸島)に帰してしまう。

山本一行の護衛を命ぜられたのは、第二〇四海軍航空隊(二〇四空)の零戦隊だった。指定された機数は6機。これは万一、敵戦闘機と遭遇したときのことを考えればいかにも少ない機数である。二〇四空飛行隊長・宮野善治郎大尉は、可動機全力、20機での護衛を司令・杉本丑衛大佐に進言し、司令から、巡視を立案、実施する南東方面艦隊司令部を通じて聯合艦隊司令部に申し出たものの、「その儀におよばず」と却下されたという。

聯合艦隊からの指示をうけ、この巡視飛行の全てを計画したのは、南東方面艦隊航空乙参謀・野村了介少佐である。野村は戦後、

〈自分は18機と計画したが、ラバウルの戦闘機隊の整備が間に合わず、当日になって9機しか出せないということになり、聯合艦隊司令部と相談して、ソロモンの敵も弱ったようだし、ブインには味方の零戦もいるのだから9機でもよかろうと決めた。9機が離陸後、第二小隊長がエンジン故障で引き返し、列機も一緒に引き返したので6機になった〉

という趣旨の手記を書き残しているが、二〇四空の「20機出す」という申し出を断ったのは司令部、その当事者は野村少佐である。この日の編成は最初から6機で、故障機が引き返した事実はなく、しかも「ブインの味方零戦隊」には、後述のように長官機到着時刻の上空哨戒すら命じていないのだから、これは参謀の責任逃れの作文に過ぎない。

新メディア「現代新書」OPEN!