戦争

日本人なら知っておくべき特攻の真実~右でもなく、左でもなく…

当事者の証言とデータから実像に迫る
神立 尚紀

離陸後、指揮所に機銃をぶっ放してから出撃した者も


まず、特攻隊員が選ばれたのは「志願」か「命令」か。これをどちらかに決めてしまおうとする議論が目立つが、無駄なことである。実際にはケースバイケースで、特攻隊が出撃する以前の昭和19(1944)年8月、日本内地の航空隊で、「必死必中の体当り兵器」(のちの人間爆弾「桜花」や人間魚雷「回天」などを指す)の搭乗員が募集されたときには、はっきりと志願の形がとられているし、志願しても長男や妻帯者は外すような配慮もなされた。

 

だが、同年10月17日、フィリピン・レイテ島の湾口に位置するスルアン島に米軍が上陸、日本の主力艦隊のレイテ湾突入を掩護するため、敵空母の飛行甲板を一時的に破壊する目的で神風(しんぷう)特別攻撃隊が編成される段になると、なにしろ敵はもうそこまで攻めてきているわけだから、編成には急を要する。

第二〇一海軍航空隊(二〇一空)で、最初の特攻隊指揮官に選ばれたのは、満23歳、母一人子一人で新婚の関行男大尉である。特攻隊編成を命じた大西瀧治郎中将の副官を務めた門司親徳主計大尉は、筆者のインタビューに、

「大西中将としても、死を命じるのが『命令』の域を超えているのはわかっている。だからこそ、最初の特攻隊は志願によるものでなければならず、『指揮官先頭』という海軍のモットーからいっても、指揮官は海軍兵学校出身の正規将校でなければならない。大西中将は、真珠湾攻撃以来歴戦の飛行隊長・指宿正信大尉に手を上げてもらいたかったんです。

ところが二〇一空の飛行長・玉井浅一中佐が、指宿大尉を志願させなかった。指宿大尉が出ないとなると、当時二〇一空に海兵出の指揮官クラスは関大尉と、もう一人の大尉しかいなかった。もう一人の大尉は、戦闘に消極的で部下からやや軽んじられていたこともあり、関大尉しか選びようがなかったんでしょう」

と、語っている。関大尉は玉井中佐からの、限りなく強制に近い説得に応じて、特攻隊の指揮官を引き受けた。残る下士官兵搭乗員も、体当り攻撃の話に一瞬、静まり返ったが、玉井が「行くのか、行かんのか!」と一喝すると、全員が反射的に手を上げた。

昭和20年4月28日、台湾・宜蘭基地から発進する、二〇五空特攻大義隊のブリーフィング。壇上に立つのは司令・玉井浅一中佐

支那事変(日中戦争)、ソロモン、硫黄島と激戦を潜ってきた角田和男少尉は、昭和19(1944)年11月6日、部下の零戦3機とともに飛行中、エンジン故障で不時着した基地で、

「当基地の特攻隊員に一人欠員が出たから、このなかから一人を指名せよ」

と命じられ、

「このなかから一人と言われれば、自分が残るしかない」

と覚悟して特攻隊を志願した。角田さんは、

「昭和15(1940)年、第十二航空隊に属し、漢口基地から重慶、成都空襲に出撃していた10ヵ月の間、搭乗員の戦死者は一人も出なかった。それが、昭和17(1942)年8月から18(1943)年にかけ、ソロモンで戦った第二航空隊(途中、五八二空と改称)は、補充を繰り返しながら一年で壊滅、しかし一年はもちました。

昭和19(1944)年6月に硫黄島に進出した二五二空は、たった三日の空戦で全滅し、10月、再編成して臨んだ台湾沖航空戦では、戦らしい戦もできなかった。そんな流れで戦ってきた立場からすると、特攻は、もうこうなったらやむを得ない、と納得する部分もありました」

と言う。それまでの苦戦の軌跡を十分に知る角田さんは、特攻を否定することができなかったのだ。

志願書に「熱望」と書いて提出した搭乗員のなかには、周囲の目から見ても、本心から志願したに違いない、と伝えられる例もあれば、出撃直前、零戦の操縦席から立ち上がり、

「お母さん! 海軍が! 俺を殺す!」

と叫んで離陸していったという例もある。さらに、離陸後、超低空に舞い降りて、指揮所上空で機銃弾をぶっ放して飛び去って行ったという例もある。角田氏は、出撃前夜の搭乗員が、目を瞑るのが怖くて眠くなるまでじっと起きている姿と、笑顔で機上の人となる姿をまのあたりにして、

「そのどちらもが本心であったのかもしれない」

と回想している。

角田和男さん。右は昭和19(1944)年11月、フィリピンで特攻待機中。左は、昭和20(1945)年、敗戦後、ふたたび着ることのない飛行服姿で撮った1枚。 角田さんは、「私は口下手だからうまく言えませんが、特攻隊員の心情を、この2枚の写真から察してください」と言う

特攻が常態化してからは、隊員の選抜方法も、「志願する者は司令室に紙を置け」というものから、「志願しない者は一歩前に出ろ」などという方法がまかり通るようになり、そしてついには、志願の手順もなく特攻専門の航空隊が編成された。

特攻隊は志願か否か、突き詰めることに意味はない。仮に志願だとしても、積極的志願か、消極的志願か、環境による事実上の強制による志願か、やぶれかぶれの志願か、志願して後悔したのか……その本心は、当事者自身にしかわからないし、現に「命令」で選ばれたことが確実な例もあるからだ。

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