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読書人の雑誌「本」

手塚治虫、池波正太郎…著名人15人の「子ども時代」を巡る物語

池内紀『みんな昔はこどもだった』

最初の一歩が最後の一歩

ヨチヨチ歩きの幼児は、目の位置が大人の膝にある。やがて腰にとどき、胸にのび、そのうちに追い抜く。目の高さと空間のひろがりとは、どんな関係にあるのだろう。

私は田舎町の古い家に生まれた。カンヌキ式の門があって、踏み石づたいに玄関へ通じていた。土間、上がりがまち、座敷、納戸、はなれ……。目が腰のあたりにあったころ、最初のつとめがまわってきた。朝起きると門をあけて、新聞を取ってくる。

玄関に立つと、踏み石が際限なくつづいていた。そのかなたに大門がそびえていた。雨の日には、けむって見えた。

「ヨーイ、ドン!」

自分で号令をかけて駆け出した。息が切れそうになるのを我慢して走って行く。カンヌキにとびつき、全身の力で引くと、いやいやをするように左右に開いた。新聞を小脇にかかえて駆けもどってからも、しばらくハーハーあえいでいた。

座敷はいつも薄暗がりに沈んでいた。欄間から見下ろしている先祖の肖像が無気味だった。えたいの知れぬものが背後から襲ってくる、そんな気がしてならなかった。

奥の間は縁側でつながっているのに「はなれ」と呼ばれていた。それはまったく、はなれ小島のように遠くにあった。

横手に三角の小部屋があって、古ダンスが並んでいた。屋根に明かりとりの小窓があって、見上げると、はるか高いところに小さな四角が浮いていた。それは宇宙のかなたの不思議な星のように白い光を放っていた。

ある日(―目が大人の胸に届いたときか、それとも肩に近づいたころであったか―)家がにわかにちぢんでいた。気がつくと、玄関から大門まで、ほんの数歩ではないか。はなれは、つい鼻先にある。

三角部屋の天窓は、手をのばせば届きかねない。座敷の肖像は黄ばんでいて、どの顔もまぬけづらをしている。家がちぢみ、世界が急につまらなくなった。楽園追放―もう二度と少年のころのあの夢の宇宙にはもどれない。

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みんな昔はこどもだった』は、手塚治虫、向田邦子、深沢七郎、稲垣足穂のこども時代を語っている。さらに林芙美子、宮本常一、畦地梅太郎、柳田国男。オペラ歌手藤原義江や女優高峰秀子もいる。そして澁澤龍彥をへて、しめくくりは野坂昭如。

何かの規準で選んだというのではない。とくに関心のある人を選んでいったら、メンバーができた。幸田文、藤牧義夫、池波正太郎もまじっており、計15人。個性的な仕事をした人たちの個性的なこどもの頃をつづっている。当人が語ったところを軸にして、時代の資料や証言をとりまぜた。