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国家・民族 週刊現代

在日韓国人・朝鮮人の苦悩を描いた、新たな文学作品の読みどころ

佐藤優が解説

日本語で表現されるが、日本文学の範疇には含まれない優れた作品群がある。在日韓国人/朝鮮人文学だ。金達寿『玄海灘』、李恢成『見果てぬ夢』などがその例だ。

私がこのジャンルで現在、最も注目しているのが深沢潮氏だ。『海を抱いて月に眠る』は、朝鮮半島の南北分断と、日本における差別を背景に国家と民族に翻弄される人々が織りなす愛のリアリティを描いた傑作だ。

死んだ父親が遺した日記には…

パチンコ店を経営し、父権的で、ノンポリと思われていた父が死んだ。娘の梨愛は、父が遺した全20冊のノートを読んで、父が韓国から密出国し、南北朝鮮の分断に苦悩し、在日韓国居留民団の中の反主流派として、金大中氏を支援していたという事実を知る。

〈梨愛が十二冊目のノートを読み終えてスマートフォンを見ると午前四時すぎだった。

青いインクで書かれた字は筆圧が強く、ところどころにじんでいた。紛れもなく父の筆跡だ。雰囲気からして万年筆で書かれたと思われる。

昨年父が年賀状の返事を書きながら、文字を書くと手が震えてしまう、歳はとりたくないと嘆いていたことを思い出す。日付はないが、字が乱れたり震えたりしているところは見当たらないので、これはかなり前に書き始めたものではないだろうか。

角ばった、決して読みやすいとは言えない文字で「不器用」だと自分のことを書いていたのが目に焼きついている。

ノートに書かれた父の姿には梨愛の知らない面がたくさんある。父の気難しい顔が角ばった青い字に重なり、複雑な気持ちが押し寄せる。

それにしてもなぜ、父は生前、兄や梨愛に自分の生涯を話してくれなかったのか。

これはすべて本当のことなのだろうか。

(中略)

密航、虚偽の名前で生きる。

朝鮮人学校の先生。

父の恋。

肉体労働、大学進学の挫折。

母との出会い、民主化運動。

父が心を寄せた大井町の祖父。

そして父とそりの合わなかったはずの容海伯父さん〉

 

ほんとうに苦労をした人は、その事実について他者に語ることができないのである。

在日韓国人/朝鮮人が、差別が構造化された(それ故に差別する側の日本人は自分が差別者であることを自覚していない場合がほとんどだ)日本で生きるのがどれだけ辛いことであるかが、行間から静かに伝わってくる。

形見の万年筆で書き記した

梨愛の父は、韓国で病床についていて余命幾ばくもないオモニ(母親)と面会するためにKCIA(韓国中央情報部=秘密警察)と取り引きして、朴正熙政権に反対し金大中氏を支援する韓民統(韓国民主回復・統一促進国民会議日本本部)と訣別する。このときの描写が圧巻である。

〈数日後、チョルスにイム・ヒョクモという大使館員を紹介され、彼がパスポートを発行する便宜を図ってくれた。イム・ヒョクモは赤坂の韓国クラブにいた、私を尾行していたらしき男だった。四角い顔に一重瞼の目が眼鏡でいっそう細く見えるのは、韓国人にありがちな風貌だが、決して笑わない瞳が切れ者という印象を与える。

「もう二度と韓民統のような組織の活動はしないと約束して、一筆書いてください」

 私は受け入れるしかなく、うなだれて、はい、と答えた。

「金輪際、仲間とも付き合わないでください。それと、これまでのことは誰にも口外しないことです。いいですね?」