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若者の「読書ゼロ時代」文藝春秋はこうしてミリオンセラーを輩出した

『火花』『コンビニ人間』を徹底分析
田中 裕士 プロフィール

誰が『火花』を買ったのか?

では、どんな人が買ったのだろうか。

次の表は、書店での購入ポイントがつくHonya Clubの会員属性から割り出したデータ(日販WIN+)を元に、単行本が発売された後の購入者、芥川賞候補作にノミネートされた後の購入者、芥川賞受賞後の購入者の属性を分析したものだ。

まずは、『火花』の購入者がどんな書籍を購入しているかを見ていただきたい。

単行本発売直後は、西加奈子さんの『サラバ!』、和田竜さんの『村上海賊の娘』、上橋菜穂子さんの『鹿の王』など、小説好きが読んでいることが分かる。

しかし、芥川賞候補作に選ばれたところから、コミックの『ONE PIECE』を読む人が増え始め、受賞決定後は『長生きしたけりゃふくらはぎをもみなさい』といった生活実用書の購入者が入ってくる。

小説の読者が徐々に広がっている、小説世界の出来事から世の中ごとになっていく様子を実感していただけるだろう。

 

さらに、購入している雑誌の傾向を見ると、発売直後は月刊「文藝春秋」を読むような活字好き、それが候補作入り後は「コロコロコミック」や「少年ジャンプ」の購入者がランクインしてくる。

これは、小学生が『火花』を買っているという訳ではもちろん無くて、子育て中のお母さんが買うような話題作になったということだ。

こうした流れに対して、どんな施策を打つべきだろうか。もう1つグラフを見ていただきたい。購入者の年齢性別と、読売新聞の契約者の年齢構成を比較したものだ。

芥川賞受賞という権威をまとうと高い年齢層の読者が増えるのは通例通りだが、『火花』の場合は29歳以下にある程度まとまった読者層がいることが分かる。

新聞広告は書籍広告の基本であるとしても、それだけでは若い読者層に必要なリーチが足りない。

そこで、又吉さんの動画メッセージをTwitter、Facebook、YouTubeで積極的に広告展開していった。

火花』に関するニュース記事やテレビでの露出があれば、こまかく拾ってTwitterで拡散していった。若い層への浸透を狙って、Togetter公式まとめで世間の反響を集め、作品の概要を伝える試みも行なった。

まだ届いていないターゲット層はどこなのか。宣伝部と連携して電車内の交通広告、屋外サイネージ広告、テレビCMなどを組み合わせていった。

こうした取り組みの甲斐あって、『火花』の単行本は2015年の年間ベストセラー1位となり、さらにそのニュースが部数を押し上げた。又吉さんはこの話題性から、紅白歌合戦のゲスト審査員にも選ばれた。

年があけて、『火花』は累計発行部数253万部と、単行本では文藝春秋の創業以来、『マディソン郡の橋』に続くベストセラーとなった。

これら一連の取り組みは、日本マーケティング協会からトヨタ自動車や森永製菓などと並んで、日本マーケティング大賞奨励賞をいただくことになった。

しかし、驚くべき事態はまだ先に待っていた。

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