大江健三郎「幻の作品」が57年ぶりに刊行される理由

今読んでも、今読むからこそなお
山口 和人

何から読んでもいい

大江氏の当時の小説のタイトルを並べてみると、「報復する青年」、「後退青年研究所」、『遅れてきた青年』、『孤独な青年の休暇』、『青年の汚名』と、若者のことを書いた作品が多い。

初期作品は若者のことしか書いていないといっても過言ではない。

最初期の「奇妙な仕事」あるいは「死者の奢り」を読んでみると、登場人物たちがとんでもないバイトをさせられて、結局はお金がもらえないという、これは表層的には一見ブラックバイトの話である(もちろん重層的にはまた違った解釈が当然あるのだが…)。つまり若者の生き難さをめぐって、60年を隔てて同じ世界が繰り広げられており、身に迫る共感を禁じ得ない。

 

大江氏の作品には多くの屈折した青年たちが出てくる。 青年ばかりか大人たちも、人生のさまざまな問題に直面して苦悶している。大江作品は難解のレッテル貼られがちだが、実は現代人が抱える困難があますところなく描いている。

大江作品を読んだことのない若い読者から、何から読んだらいいでしょうと訊かれることがある。何から読んでもよい。大江作品は高尚と思われているが、実はとても卑近な面がある。老若男女が、いかに悩める自分をもてあまし解放の糸口を求めているか? これらの小説にはそのヒントが潜んでいる。

大江氏は徹底的に、周辺に位置している人のこと、マージナルな人のこと、マイノリティー(少数者)を扱ってきた。つまり社会からはみ出していかざるを得ない人たちのことを書いてきた。

もし短篇のひとつにでも目を通せば、ああ、ここには自分がいたんだという認識が、遠からず訪れるにちがいない。

「大江健三郎全小説」は7月に発売されます。詳しくは、こちらをご覧ください⇒http://news.kodansha.co.jp/20170524_b01