大江健三郎「幻の作品」が57年ぶりに刊行される理由

今読んでも、今読むからこそなお
この夏、日本を代表する文学者の一人である大江健三郎の「全集」が発売される。これまで入手困難とされていた作品の多くが収録されるが、「幻」と言われたあの作品も収録されるということで、話題を集めている。なぜ今、その封印が解かれることになったのか。大江健三郎の担当者である講談社の山口和人氏が、その背景を明かした。

57年の歳月を経て…

大江健三郎が60年のキャリアで書いてきた小説は、長編30編、中短編66編にのぼる。

しかし、今日すべてが容易に手に入るわけではない。入手困難な作品は優に20作を超えるだろう。

その最たるものが、「文學界」1961年2月号に掲載されて以来、いままで一度も再録・書籍化されたことのない「政治少年死す」という短編である。

すでに各メディアで報道されていることであるが、その幻の作品が本全集でついに公に刊行されることになった。

「政治少年死す」は、三島由紀夫の「金閣寺」、安部公房の「砂の女」に並んで戦後日本文学を代表する作品である。

ではなぜ1961年の初出以来57年にもわたって、本作は日の目を見ることができなかったのか?

 

それには歴史的な理由があった。

深沢七郎が1960年11月に発表した作品に「風流夢譚」がある。皇室を舞台としたこの小説が当時の右翼の怒りを買い、一人が版元の中央公論社社長の家に押し入って家政婦を殺害、夫人に重傷を負わせるという事件があった。

当時言論界はこの事件に大きく揺さぶられていた。その直後に発表された「政治少年死す」も、実在の政党党首を刺殺した右翼青年が主人公であると読めることにより、右翼の抗議を受け、版元である文藝春秋はお詫びの広告を出し、書籍化しなかったという経緯がある。

そしてそれ以来、「政治少年死す」はすべての大江氏の短編集・全集に再録されないままだった。

一方、「政治少年死す」の前篇である「セヴンティーン」という作品は、いまでも容易に文庫本で読むことができる。しかしこの書籍化によって、今回はじめて「政治少年死す―セヴンティーン第二部」と続けて読むことができるようになり、作品は完結、語り手の内面の動きが欠けることなく立ち現れることになる。

大江作品はいま読み返すことによって、新しい意味が生まれる。

「セヴンティーン」「政治少年死す」は17歳の普通の少年がテロリストになってゆく心情を描いたものだが、これを、世界を震撼させているISの若いテロリストたちに重ね合わせるとどうだろう。彼らも最初は普通の若者だった。

テロリストだけではない。1960年前後の若者の生き難さは、いま2020年を迎えようとしている若者の生き難さに通じる。同じような状況・心情がそこに読み取れるという現象が起こる。

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