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介護職の給料はなぜ「低賃金」のままなのか? その闇の深層

このままでは一生貧困が続く…

また同じような事件を起こすはず

2014年11月に神奈川県川崎市の老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で起こった連続転落死事件で、横浜地裁は3月22日、3件の殺人の容疑に問われた今井隼人(25)被告に対し、求刑通り死刑を言い渡した。今井被告の弁護団が無罪を主張した、客観的証拠がないままの死刑判決だった。

この判決に、筆者の周囲の介護職や介護関係者は背筋を凍らせている。

今井被告の、3人の高齢者をベランダから投げ捨てるという行為は常軌を逸している。しかし、介護施設を運営したこともある筆者の経験からいえば、虐待は介護現場では日常茶飯事。そんな“危ない”職場に自分も身を置いていることや、万が一にも殺人を犯してしまうかもしれないという恐怖心で、とても他人ごととは思えない気持ちなのだろう。

2025年の超高齢社会にむけて、高齢者介護を社会で担うという介護保険制度の施行から18年が経った。当初は介護を民間に渡すことで、バラ色の超高齢社会が迎えられるかの如く語られたが、実際に振り返ってみれば、介護現場は、行政、地域、高齢者、介護職、家族と、あらゆる角度からみても、問題が山積みのまま放り投げられている。

特に深刻な問題となっているのが、介護人材の不足と介護報酬削減による経営難だ。

深刻な人手不足と介護報酬の削減傾向が明らかになったのは、雇用情勢が上向きになった2012年からで、低賃金で労働環境が悪い介護職は世間に見向きもされなくなった。そこから介護事業所は「限界までお金を使わずにサービスのクオリティーを上げる」という、労働者にとって矛盾した方向に舵を切っている。

無駄を省くマネジメントだけでは、人材の確保やクオリティレベルの不足は補えず、高齢者に自立を促し症状を改善させてサービス量を減らす「自立介護支援」を実施したり、介護職に対して洗脳紛いの自己啓発することでブラック労働させたりといった、“それぞれの工夫”が乱立し、足並みの揃わない「カオス状態」が続いていた。

そんななか、先進的なマネジメント方法としてもっとも注目されていたのが、今井被告が在籍していた「Sアミーユ川崎幸町」を運営する株式会社積和サポートシステムと、その親会社である株式会社メッセージが開発した「アクシストシステム」だった。同社はこのマネジメント方式で「合理的な介護」を確立し急拡大を遂げている。

「アクシストシステム」とは、介護職の一日のスケジュールをコンピューターによって割り出し、分単位で介護労働を徹底する管理システムで、「Sアミーユ川崎幸町」でもこの仕組みが導入されていた。今井被告を含む、当時の介護職たちは、ライン表とよばれる分単位の毎日の作業表を渡され、それ通りに働くことを指示されていたという。

各担当者のスケジュールが15分刻みでびっしり埋めつくされている(提供・飯山氏)

筆者の経験から言えば、介護は高齢者の生活を支える仕事であり、高齢者の症状も一人として同じものがない。日々なにが起こるかわからないなか、介護職個人の裁量を認めず、機械的な作業だけをこなすよう指示する「アクシストシステム」は介護の仕事に向かないのだ。

「あの事件で今井だけが裁かれるのは、どう考えてもおかしい。あのアクシストシステムは地獄です。あのシステムを使っている以上、また同じ事件が起こってもおかしくないと思っている」

死刑判決の日、元アミーユの介護職だったという男性から筆者宛てにこんなメールが届いた。

今井被告が殺人を犯した2014年当時、「Sアミーユ川崎幸町」の施設長が変わり、その上司が分刻みの業務に加えて、“手厚いお客様の対応”や“接遇”を要求していたことが、以前の取材で分かった。

余裕のない過密スケジュールのなかで、あくせく業務をこなす介護職に対し、さらにその業務範囲内で高齢者に手厚くサービスをするよう求める、割に合わない、偏った運営をしていたという。客観的に見てもこれでは上司である施設長と部下の介護職の間に歪みが生じるのもおかしくない。

介護業界だけでなく世間も揺るがした「川崎老人ホーム連続転落死事件」では、今井被告ひとりが逮捕され、結局彼だけが死刑判決を受けた。難を逃れた株式会社メッセージの経営陣は事件後、同社を売却。そのうちの一部は別の有料老人ホームを運営する同業他社に役員として招かれて、いまだアクシストシステムを使った介護事業を継続しているという。

介護職にお金がまわらない

現在でも介護現場は、この苦難がいつまで続くのかわからないまま、日々の現状を乗り越えている状態だ。介護人材の不足はもやは慢性化し、それゆえ一部の現場ではいまだ介護職に労働基準法をはるかに超えた「ブラック労働」を強いている。

 

人材不足のそもそもの原因は、介護職の低賃金によるものだ。介護報酬の処遇改善加算と、熾烈な人材獲得競争によって、賃金は徐々に上昇しているものの、“介護”は63職種のなかで圧倒的な最下位のままだ。「普通に働いて」「普通の生活」ができない業種に人材が集まるはずがない。

「介護事業者をとりまく一部の周辺事業者が、本来であれば事業所に入るはずの介護報酬に群がり、介護職にお金がまわらないという、とんでもない問題が限界まで来てしまいました」

こう語るのは、株式会社日本介護福祉グループ創業者である藤田英明氏だ。

周辺事業者とは人材会社、有料紹介会社、求人広告会社、コンサルティング、フランチャイズ本部など、介護保険事業所をクライアントとする業者を指している。そもそも介護職の賃金は、介護保険の介護報酬が原資となっており、本来であれば介護職に分配されるべき報酬が、こういった周辺事業者に流れてしまっていることが、介護職の低賃金の大きな引き金になっているという。

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