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毒夫への恐怖心から「我が子を殴る」ワケあり母の精神状態

育てられない母親たち【19】
ノンフィクション作家の石井光太さんが、「ワケあり」の母親たちを密着取材していく本連載。彼女たちが「我が子を育てられない」事情とは?
 

石井光太さん記事バックナンバーはこちら http://gendai.ismedia.jp/list/author/kotaishi

虐待親の中には、自分の意思で暴力をふる人もいれば、周りの環境によって暴力をふるわされる人もいる。

むろん、どんな理由があっても虐待は虐待だ。

子供に与える影響は少なくないし、児童相談所の判断によっては保護の処置がとられることもある。

「私は暴力をふるいたかったわけじゃないんです。暴力をふるわされていたんです。ふるわなければならなかったんです」

ある女性はそう語った。その意味について見ていきたい。

 

地元国立大出の自慢の娘

玉川真希絵(仮名)は、大恋愛の上で結婚した。

実家は、老舗の和菓子店を経営していた。経済的な不自由はなかったし、両親も心から子供たちを愛し育てていた。真希絵は4人きょうだいの1番下で、たった一人の女の子だったこともあって特にかわいがられた。

真希絵はきょうだいの中でもっとも真っ直ぐに育った。中学受験をして中高一貫校に進み、バトンミントン部ではキャプテンも務めた。社交的で友達も多かった。大学は、地元の国立大学に合格。親にとっては自慢の娘だった。

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実家を離れたのは就職が機だった。大手不動産会社に入り、神奈川県の支社で働くことになったのだ。

最初の夫である文也との出会いは、社会人3年目のことだった。会社の同期が開いたクリスマスイベントで声をかけられたのだ。文也は金融企業に務めるエリートサラリーマンだった。スナックで働くシングルマザーの下で奨学金をもらいながら努力して成功をつかんだタイプだった。

真希絵と文也は出会って間もなく交際をはじめた。妊娠がわかったのは、3ヵ月後のことだった。真希絵はもともと結婚願望がつよく子供がほしかったため、結婚の希望を実家の両親につたえた。

当初、両親は結婚にいい顔をしなかった。「できちゃった婚」に対し不満を述べていたが、実際のところは文也の家庭環境が気にかかっていたようだ。

母親は言った。

「もっとお互いを知る時間が必要だと思う。文也さんのお母さんだってスナックのママをしているんでしょ。今回は中絶してゆっくりと考えるのも一つじゃないかしら」

真希絵は文也を愛していたこともあり、助言に耳を傾けなかった。

「義母さんはスナックで働きながらがんばって文也君を育てたんだから悪く言っちゃダメ。文也君にしても逆境を乗り越えていい会社に入ったんだから、ちゃんとその努力を認めないと!」

そして真希絵は妊娠6ヵ月で、文也と結婚。里帰り出産をした後に、新しくマンションを借りて同居した。生まれたのは息子の勘太(仮名)だった。

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