Photo by iStock
国家・民族 週刊現代

アンコールワットに「落書き」を残した江戸の侍、一体なんと書いたか

万感の思いをこめて…

一体なんと書いているのか?

世界中にある世界遺産で問題視されているのが、「落書き」だ。'16年には、日本人大学生2人がドイツ・ケルン大聖堂に落書きし、大学が現地に職員を派遣して謝罪するという騒動も起きている。

貴重な歴史的建築物を汚すような行為は断じて許されないが、訪れたからには何か書き残したいというのは、どうやら人間の本能らしい。

カンボジアの世界遺産アンコール・ワットでは、なんと江戸時代の武士による落書きが発見されているのだ。

アンコール・ワットは12世紀前半に建立されたヒンドゥー教寺院で、敷地面積は東京ドーム約15個分の広さになる。寺院を取り囲むように人工池が広がっており、水面に映る寺院の美しい姿を眺めようと、観光客がひっきりなしに訪れる。

武士の落書きは、この寺院の入り口近くにある回廊の柱に記されている。

〈寛永九年正月初めてここに来る/生国は日本/肥州の住人 藤原朝臣森本右近太夫一房/御堂を志し数千里の海上を渡り/一念を念じ世々娑婆浮世の思いを清めるために/ここに仏四体を奉るものなり〉

ポルポト政権時代に一度青ペンキで塗りつぶされたため読みにくいが、目を凝らすと墨字で書かれているのがわかる。

この落書きを残した侍の名は、旧松浦藩士の森本一房(生年不詳-1674年)。彼がアンコール・ワットを訪れたのは1632年。この時期は徳川幕藩体制がようやく整いだした段階で、まだ鎖国は始まっていなかった。

 

当時、カンボジアは「南天竺」と呼ばれ、仏教の聖地「祇園精舎」があると信じられていた。熱心な仏教徒だった森本は、一生のうち一度はカンボジアに訪れたいと願っていたようだ。

当時の日本にはまだ羅針盤もなく、カンボジアに船で渡るのはまさに一か八かの命がけ。森本は、やっとの思いでたどり着いた聖地で、万感の思いを込めてこの「落書き」を書き残したのだろう。

現代の観光客の軽はずみな落書きと同列に語るのは、いささか気の毒かもしれない。(岡)

『週刊現代』2018年4月14日号より

新生・ブルーバックス誕生!