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日本はなぜ子育てが世界一難しい国になったか?50年で変わったこと

「2つの変化」が起きていた
落合 恵美子 プロフィール

遡れば1980年代、わたし自身が子育てで一生懸命だった頃、「育児ノイローゼ」が社会問題になった。

その時、沸き起こったのが、若い母親世代へのバッシングだった。都会育ちで苦労を知らないからそんなことになる。偏差値世代は育児書に頼りすぎるからだ。

そして決まり文句の「昔の母親は偉かった」。昔は家族だけで立派に子育てしていたのだから、今もできないはずはない、と言われた。

自分が批判される立場の若い母親であり、社会学者の卵でもあったわたしは、なにかおかしいと思った。そこで兵庫県の委託調査をさせていただいた機会に、自分と同じ2歳児を抱える家族の調査を実施した。

そしてその結果を、1960年代に社会学者の森岡清美先生たちが東京郊外で実施した調査結果と比べた。立派だったと言って引き合いに出されるのは、だいたい1960年代の母親や家族だったからだ。

そして二つのことを発見した。

 

第一に、1960年代の幼児を抱えた母親たちは、近隣の人たちとあまり付き合わず「家族だけで」子育てしていたように見えるが、実は別世帯に住む自分の姉妹たちと頻繁に協力し合っていた。

これはわたし自身の子ども時代の経験とも合致する。田舎から出てきて東京各地に住み着いた母の姉妹たち4人は、毎週のように互いを訪問し合っていた。そのたび、わたしもいとこたちと顔を合わせ、きょうだいのように遊んだ。

「家族だけで」と言っても、その「家族」の範囲が今よりずっと大きかったのだ。正確に言えば、「家族」というより、「親族ネットワーク」だった。

〔PHOTO〕iStock

しかし、1980年代に母親になったわたしたち世代では、4人や5人きょうだいのいる人はめったになかった。せいぜい2人。頼ろうにも、きょうだいがいない。

親族による育児サポートとして、きょうだいの支援をあげる人はほとんどおらず、親族で頼れるのは子どもにとっての祖父母だけになっていた。

祖父母はいくらがんばってくれても、体力に限界がある。こんなに条件が違うのに1960年代の母親は偉かったと言われてもね、と反論できる根拠が見つかった。

しかし、1980年代の母親たちも、黙って耐えていたわけではない。

縮小した親族の絆の代わりに、近くに住む母親どうしで協力し合う育児ネットワークを作りあげていた。これがわたしの調査の第二の発見だった。

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