司法

真実を知りたい…「アーチャリー」と呼ばれたわたしが考えていること

麻原裁判は、これでよかったのか
松本 麗華 プロフィール

壊れたままの父に、死刑判決

他にも、当時の弁護人に精神鑑定をためらわせる要素がありました。

一つは弁護人たちも父と面会ができなかったため、父が本当に病気であるのか否か、判断がつきづらかったこと。二つ目は、マスコミや裁判所が父を「詐病」と扱い、社会もそう受け取っている中で、「麻原彰晃」に対する公正な精神鑑定が行われることが期待できなかったことです。

それが杞憂でなかったことは、はからずも、父の控訴審で明らかになりました。

 

2004年2月27日、父は死刑判決を受けました。

この日、裁判を傍聴していた映画監督の森達也氏は、『A3』(集英社文庫)で以下のように書いています。

<「で。どうですか。初めての傍聴の感想は」
「……どう見ても正常な状態とは思えないのだけれど」
 曖昧にうなずきながら、記者は少しだけ遠い目になった。二本目のタバコに火をつけながら、「もうダメでしょうね」とつぶやいた。僕は訊いた。
「詐病の可能性は?」
「英語や訳の分からないことをしゃべりだしたときは、その可能性を言う人も確かにいたけれど……あれはもう詐病のレベルじゃないですね」>

日本の刑事裁判は、特殊な犯罪を除き、原則三審制を取っています。一審、控訴審、上告審の三審制です。とはいえ、自動的に一審から控訴審へ行くわけではありません。控訴してはじめて、控訴審に継続します。

父の場合、父本人の意思を確認することはできないまま、一審の弁護団が即日控訴しました。一審の弁護団は、職責を果たし、一斉に辞任されました。

会うまでは、わたしも「詐病」と思っていた

ここで、わたし自身のことをお話しさせてください。父が逮捕されたあとも、わたしはいつか父と会い、話をすることを希望に生きてきました。

耳に入ってくる情報は、父が「詐病」というものばかりでしたから、わたしもまた、父が本当は元気で、病気のふりをしているだけなのだと信じて疑いませんでした。

控訴審の弁護人の接見禁止の一部解除の申し立てにより、わたしが父と9年ぶりの接見をすることができたのは、2004年9月17日のことです。父との再会に大きな希望を抱いていたわたしは、絶望の淵に突き落とされました。父と話せない、父から何も聞けない。父が本当に病気だという現実を突き付けられたのです。

父は完全に壊れきっていました。目の前に娘がいることにも気づきません。もちろん、名前を呼んでくれることなどありません。おむつをはめられ、車椅子の上で一人別の世界にいました。

わたしが大きな音を出し、面会室にいた弁護人や刑務官がびくっと体を震わせても、父には何の反応もありません。ときどき苦しそうにけいれんを起こすだけです。助けてあげたいけれど、私は何もできません。

何よりつらかったのは、そんな父を、父が病気で苦しみ、徐々に壊れて行ったあいだ、わたし自身が「詐病」だという情報を信じていたことです。父を心配することなく生きてきた自分が、許せませんでした。

[写真]面会時の様子を描いたスケッチ。顔にはひっかいたような傷跡などが残っていた(撮影:堀潤氏)面会時の様子を描いたスケッチ。顔の皮がむけ、あごのまわりにはカピカピの皮膚がはりついて、霜が降りたかのようになっていた(撮影:堀潤氏)

精神科医6名が拘禁反応と診断。しかし…

こうした状況を受けて、弁護人は専門家の判断を仰ぐため、裁判所や検察官からの依頼で精神鑑定の経験が豊富だった精神科医の先生に、父との接見を依頼しました。先生は、父が拘禁反応による昏迷の状態にあり、訴訟能力がないこと、治療により、ある程度の回復の可能性があるとする意見書を書きました。

2005年7月29日、弁護人はこの意見書を添付し、公判停止手続きの申し立てを行いました。

8月19日――東京高裁は、公判手続きの申し立てに対し、「職権発動せず」という決定を出します。それだけではありません。東京高裁は「訴訟能力を有するとの判断は揺るがない」と断定した上で、「慎重を期して、事実取り調べの規定に基づき、鑑定の形式により精神医学の専門家から被告人の訴訟能力の有無について意見を徴することを考えている」としました。判断が揺るがないのに、意見を徴するという裁判所の主張は、明らかに矛盾していると思います。この内容はメディアにも公表されました。

8月22日、弁護人は「鑑定の形式」について、刑事訴訟法上の規定に基づき、公開の法廷での宣誓、鑑定人尋問等を求める書面を裁判所に提出しました。

ところが後日、弁護人が知ったのは、「鑑定人」が弁護人に内密で選ばれたこと、宣誓は非公開で行われ、鑑定人尋問さえ行われない、という事実でした。また鑑定人に対して、どのような鑑定をするかということについての弁護人の意見聴取もなされていません。弁護人は裁判所に抗議しましたが、受け入れられませんでした。

裁判所のやり方に危機感を抱いた弁護人は、他の高名な精神科医の先生方にも父との面接を依頼しました。時系列が前後する部分もありますが、合計7名の精神科医が父と面接をして意見書を作成されています。

うち6名の先生は、父の症状は「拘禁反応」だと述べ、拘禁反応とは判断されなかった先生も、拘禁反応かどうかを確定するために検査すべきだとおっしゃっています。また、5名の先生が父は「昏迷状態」にあると診断をしています。

「昏迷」とは、意識障害のレベルを指し、昏睡の一歩手前、外的刺激に反応ができなくなる状態だといわれています。

しかし、治らないものではなく、5名のうち4名の精神科医は、父が要治療の状態にあると診断しました。先生によっては、数ヵ月から半年で治るとおっしゃっています。残る1名の先生も、拘禁反応は治療が可能であると指摘されています。

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