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天宮1号は布石だった?中国が月の裏側で「ジオン公国」建設を始める

世界の月計画をリードする中国の野望

天宮1号の目的は何だったのか? 

宇宙空間で制御不能となり、世界の少なからぬ人たちを心配させた中国の軌道上実験モジュール「天宮1号」は、4月2日午前9時すぎ(日本時間)、南太平洋上で大気圏に再突入し、すべて燃えつきたと発表されました。大惨事は回避され、ほっとしている方もいらっしゃるかと思います。

しかし、本当に懸念すべきなのはこれからかもしれません。「天宮1号」は宇宙空間での宇宙船とのドッキングをテストするための、いわば"宇宙実験室"でした。いったいなぜそんな実験を?

 

そこを掘り下げていくと、中国の戦慄すべき宇宙開発への野望が見えてきます。中国は年内には、「月の裏側」へ探査機「嫦娥(じょうが)4号」を着陸させる予定です。地球からは絶対に見えない前人未到の領域で、中国は何を狙っているのでしょうか。

日本の次期月着陸実証計画「SLIM」に参加する佐伯 和人さん(大阪大学大学院理学系研究科准教授)に解説していただきました。

[画像]地球からは見えない、月の裏側(©NASA)地球からは見えない、月の裏側(©NASA)

――月の裏側は地球からは絶対に見えないそうですが、どうしてですか?

佐伯 月が地球の周りをくるりと1回、公転する間に、月自身もちょうど1回、自転します。そのため、月はいつも同じ面(表側)を地球に向けることになります。これは偶然ではありません。裏側より少し重い表側がつねに地球の重力に引っぱられているので、「起き上がり小法師」が自然に立ち上がるように、表側が自然と地球を向くのです。木星の4つのガリレオ衛星や、火星の2つの衛星(フォボスとダイモス)も、同じ面を惑星に向けています。

――いままで月の裏側は観測されたことがないのですか?

佐伯 着陸はありませんが、月の上空から観測した例はあります。最初に月の裏側を観測したのは旧ソ連のルナ3号で1959年のことでした。そのため月の裏側は、ロシアの偉人にちなんだ地名がたくさんついています。

その後も、月の周回軌道に入った探査機の多くが月の裏側を観測しています。日本の大型月周回衛星「かぐや」も、月の裏側を含んだ全球(つまり月の地表すべて)を観測して、詳細な地形図や重力異常図をつくりました。

――月の裏側は、表側とはずいぶん違っているのですか?

佐伯 表側にはおなじみの、ウサギが餅をついているような黒い模様があります。これは月の火山活動で溶岩が流れた跡で、「海」と呼ばれています。しかし裏側には、この海がほとんどありません。つまり表のほうが裏よりも火山活動が激しかったのです。

また、表に比べて裏のほうが、地殻が厚いらしいこともわかっていますが、なぜ表と裏で地下構造が異なっているのかは、よくわかっていません。地球もできたての時期は場所によって地下構造が異なっていたかもしれませんが、地球は初期の地殻がプレートテクトニクスによって失われているので、月の研究が、地球の初期地殻を知る手がかりとなるかもしれません。

――月の裏側に着陸するには、かなり高度な技術が必要なのですか? 

佐伯 月の裏側には、地球の電波が直接届きません。しかし現代の無人探査機は基本的に自動操縦なので、着陸そのものは月の裏側でも大丈夫です。

ちょっと大変なのは、観測したデータを地球に送るときです。普通は月周回衛星を同時に打ち上げて、中継させます。月の裏側で探査機から衛星にデータを転送して、さらに衛星が表側から地球に転送するのです。

しかし、中国はさらに高度な技術を使う予定です。月の裏側の上空に、中継局を飛ばそうというのです。地球と月の周辺にはラグランジュポイントといって、重力がつりあうため一定の場所で止まっていられるポイントが5つ存在します。そのうち、月の裏側にある「L2」に中継局を飛ばして、途切らせることなくつねに電波を中継しようというわけです。

[図]ラグランジェポイントラグランジュポイント。中心の黄色い円が地球、右の青く小さい円が月、地球から見て月の裏側に「L2」がある

――中国はなぜ、そのように裏面着陸に力を入れているとお考えですか?

佐伯 これは月開発の戦略の問題だと思います。月の裏側以外にも、科学的に興味のある場所はたくさんあります。しかし中国は、単なる科学探査としてだけでなく、L2に電波中継システムをつくるという技術開発を重要視しているのです。1回の探査だけなら、周回衛星に中継させたほうがローコストでできますが、中国は長い年月での月開発を視野に入れて、インフラ技術の整備を着々と進めているのです。

いずれは、L2に有人宇宙ステーションをつくるはずです。4月2日に落下した「天宮1号」によるドッキング実験も、宇宙ステーション建設のためだったのです。世界で最もまじめに月に取り組んでいる国、それがいまの中国です。

――L2とは、アニメ作品「機動戦士ガンダム」で、ジオン公国がつくられたスペースコロニー群「サイド3」のある場所ではありませんか?

佐伯 はい、まさにサイド3です。宇宙研で私と同世代(40代)の人と話していると「L2ってどこだっけ?」「ジオン公国のサイド3のあるところだよ」で通じます。

――では近い将来、中国の宇宙ステーションに1億人以上が移り住んでコロニーとなり、中国がL2にジオン公国をつくるということもありうるのでは?

佐伯 L2は月の裏側との通信のためにはどの国も使いたい場所ですから、中国一国が独占するということはないでしょう。でも巨大なコロニーができたら、それが国家のようなものになることはあるかもしれませんね。

――2018年に着陸が実現すれば、中国はどのような収穫を得られますか? 学術面、軍事面、資源の面などの観点から教えてください。

佐伯 中国はこれまで月について、科学的な成果では一歩遅れをとっていました。欧米や日本は月の石や隕石を使った宇宙物質研究の蓄積があるので、探査データを科学的成果に結びつけるアイデアが豊富なのに対し、中国は探査ができても、データをうまく科学成果に結びつけられませんでした。しかし裏側の岩石の詳細なデータがとれれば、間違いなく新しい科学的発見につながるでしょう。

軍事面では、直接的な私たちの脅威になる要素はないと思います。ただ、L2に有人宇宙ステーションがつくられれば、国際宇宙ステーションに代わる新しい国際宇宙秩序の中核施設となる可能性はありますね。

資源の面では、現在のところ、裏にしかない物質というのはとくに見つかっていませんが、裏側に関して優位に立てば、資源採掘でも中国が有利になるでしょう。また「場所」も資源と考えれば、地球の反射光や電波にさらされない月の裏側は、深宇宙の天体観測に最適な場所となります。

――これによって中国は、世界の月開発競争、ひいてはその先の宇宙開発競争でどのくらいリードするのでしょうか?

佐伯 しばらくは、月の裏側と常時通信ができるのは中国だけ、という状態になるでしょう。他国が月の裏側を探査・開発するときは、中国の通信設備に依存するようになるかもしれません。しかし、L2に宇宙ステーションを設置する構想はアメリカやロシアなどにもあり、いつまでも中国に独占させることにはならないでしょう。

――アメリカなど各国の、この件についての反応はどのようなものかご存じですか?

佐伯 あくまで計画の発表なので、このことに直接なんらかの反応があった、ということはなかったかと思います。もちろん研究者や宇宙探査関係者はつねに、中国のシリーズ化された着実な探査を評価しています。

――日本は中国に追いつくことができそうですか? そしていま、日本は月にどのくらい迫っているのでしょうか?

佐伯 中国が重力天体への着陸やローバー(天体探査用の探査車)の運用も成功させているのに対して、日本はいま計画中の「SLIM」が成功してやっと重力天体への着陸技術を得ることになります。現時点では、大きく遅れていると言わざるをえません。

また、中国は30年間使用可能な原子力電池を探査車に搭載しているので、2週間も続く極寒の夜の間も、機器が低温で壊れないよう温めることができます。昨年10月には嫦娥3号から発進した月探査車「玉兎号」が684日稼働し、月面の稼働日数最長記録を更新しました。ところが日本は放射性物質に対して厳しい国なので、原子力電池を使うという選択肢が最初からないのです。これは宇宙探査において非常に不利な条件となっています。

さらに気になるのは、宇宙探査についての日本の考え方です。日本はどうしても、低予算で最大の成果をあげようとして、特色のある探査をしようとします。自動車産業にたとえると、フェラーリやランボルギーニのようなスーパーカーで勝負しようとするメーカーのようです。しかし自動車大国になったのは、地味でもきちんと役に立つ大衆車をつくるメーカーがある国です。

科学探査だけなら日本の戦略もアリなのですが、本当に宇宙で活躍できる国になるためには、宇宙開発の基盤技術を着実に育てていく戦略が重要です。そういう意味で、重力天体の着陸実証をするSLIM計画や、H-IIIロケットの開発は大変重要で、ぜひ成功させなくてはなりません。

――『世界はなぜ月をめざすのか』(ブルーバックス)の著者である佐伯さんは「月をめざす世界」というサイトも開設されています。その中の「月探査メーター」という、月への有人探査をゴールとしたときにどの国が優勢かを比較するグラフが面白いですが、現在のレースの状況はいかがですか??

佐伯 トップを走っていた中国が、さらに前進しています。アメリカは月上空の宇宙ステーション「深宇宙ゲートウェイ」の構築を検討していますが、実現するのは早くても2025年になりそうです。

日本は中国に大きく遅れをとっていましたが、アメリカの「深宇宙ゲートウェイ」への参加を表明し、SLIM計画やインドと共同の月極域探査計画が現実味を帯びてくるなど、ようやく国内に「月への風」が吹きはじめています。「かぐや」で得た優位を保てるか、ここが踏ん張りどころです。

佐伯和人さんが作成した「月探査メーター」の最新版(佐伯さんのサイト「月をめざす世界」より)

 物理学   宇宙・天文 

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著:佐伯 和人

定価 : 本体920円 (税別)

ISBN : 978-4-06-257878-3