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世界に広がる薬剤耐性菌 抗生物質が効かなくなる日

すでに耐性菌の割合が26%の薬も

2018年4月3日、米国疾病予防管理センター(CDC)から、米国内での薬剤耐性菌についての報告が出された。米国では、薬剤耐性菌による死者がすでに年間23,000人を超えている。さらに、今まであまり見られなかったタイプの耐性を示す菌も絶え間なく出現しているため、報告書では、今すぐに積極的な対策を始める重要性を訴えている。

このように多くの死者を出し、問題になっている「薬剤耐性菌」とは、いったいどのような菌なのか? 日本はどのような状況になっていて、私たちはどのように身を守っていけばよいのだろうか。

世界を脅かす、薬が効かない病原菌

細菌のなかには無害なもの、有益なものもたくさんいますが、大腸菌、溶連菌、緑膿菌、ピロリ菌、ブドウ球菌、赤痢菌など、病気の原因となるものもいます。それらの治療に使われる選択肢のひとつが、いわゆる「抗生物質」です(以降、細菌に対抗する薬剤の総称として、「抗菌薬」と表記します)。医療現場では何種類もの抗菌薬が重要な役割を果たしています。

しかし、抗菌薬が効かない細菌、薬剤耐性菌も見つかっています。例えば、尿路感染症などの原因になる大腸菌の中には、セフォタキシムという抗菌薬に耐性のあるものがいます。

 

困ったことに、日本の医療現場で見つかる大腸菌では、この抗菌薬に耐性をもつ割合が2001年に0.6%、2006年に3.8%、2011年に14.8%、2016年に26.0%と、高くなってきているのです(厚生労働省 院内感染対策サーベイランス)。薬剤耐性菌は、私たちの身の周りに迫ってきています。

このままでは、尿路感染症に限らず、抗菌薬で治療できている病気が治療できなくなるのではないか、と心配されています。遠い未来の話ではありません。

ほぼ30年後の2050年には、日本も含む世界全体で、薬害耐性菌による経済的な損失が1年間に100兆USドル(日本の国家予算のおよそ100倍)、死亡者数が1,000万人以上、という深刻な予測も出ています(The Review on Antimicrobial Resistance, 2016)。そうなると大変なので、薬剤耐性問題は世界を悩ます大きな課題となっています。

薬剤耐性菌が増えることでの主な影響 提供:国立国際医療研究センター AMR臨床リファレンスセンター

ここでは、薬剤耐性菌がどのように出現するのかについて、生物の進化の話を交えて説明します。

細菌の進化は想像以上に速い

生物が世代交代するとき、親世代とは違う性質のものが現れることがあります。新しい性質が環境に合わずに生き残れないものも多いですが、薬剤耐性などを獲得し、環境に適応することもあります。

一般的に、細菌は条件が良ければ非常に素早く増殖するので、このような進化を起こしやすい性質があります。例えば、大腸菌は20分程度で分裂するので、そのたびに進化のチャンスがあるとも言えます。素早い進化が、細菌に薬剤耐性を持たせやすくしているのです。

また、何種類かの抗菌薬の耐性遺伝子が、3万年前の永久凍土から見つかっています。世界で最初の抗菌薬、ペニシリンが治療に使われるようになった1941年からまだ80年も経っていないのに、それよりはるか昔から耐性が存在したのは意外な気もします。

ですが、抗菌薬がカビなどから見つかった物質であることを考えれば、当然のことにも思えます。ヒトが活用するよりも前から自然界に存在していたので、それを克服する細菌の進化も遠い昔から続いてきているのです。

そもそも、病気の治療などに使う抗菌薬は、細菌にはダメージを与えながらも、ヒトへの悪影響は最低限であることが求められます。細菌を死滅させるだけなら思い切った方法も使えますが、ヒトへのダメージは抑える、となると方法が限られるので、どうしても耐性の進化を許す余地が残ってしまいます。

細菌にとって薬剤耐性は必ずしも得じゃない

素早い細菌の進化とその長い歴史、使用できる抗菌薬の制約などを考えると、どうして世界がすでに薬剤耐性菌ばかりになっていないのか、不思議に思うかもしれません。その理由を、たとえ話で説明しましょう。

雨が降っているとき、ほとんどの人が傘やレインコートなどの雨具を持って出かけるはずです。逆によく晴れている日は、雨具を持っていても持っていなくても問題ありません。手ぶらで身軽に出かけたいという人も多いですよね。

この雨と雨具の関係が、抗菌薬と耐性の関係に似ています。抗菌薬があるとき、細菌が生きていくためには耐性が必要ですが、抗菌薬がないときには、耐性は必須ではなくなります。必要がない生物の性質は、進化の過程で失われることがあります。耐性を維持するのにエネルギーが必要な場合、ない方が節約になるので、なおさら失われやすくなります。

薬剤耐性菌は、抗菌薬を無毒化する酵素や、身体の外に汲み出して捨てるポンプなどを作るのにコストを余分に払っていたりする分、他の菌より増殖が遅くなりがちです。多くの細菌にとっては、素早く増殖できるかどうかは死活問題です。うかうかしていると、他の細菌との競争やヒトの免疫に負けてしまいます。

このように、抗菌薬がない環境は薬剤耐性を持っている細菌にはむしろ不利になるので、世界中が薬剤耐性菌ばかりにならないのです。

なぜ薬剤耐性菌が拡大するのか

では、それまで抗菌薬が存在しなかった場所に、抗菌薬が使われると、どうなるでしょうか? それが、私たちが抗菌薬を飲んだときに身体の中で起こることです。

抗菌薬のない環境にも、ある程度の耐性を持っている細菌がいます。晴れの日でも小さな折り畳み傘を常備している人のような存在です。そこに抗菌薬が使われると、耐性がまったくない細菌、弱い耐性だけを持つ細菌……というように、耐性の弱いものからダメージを受けていきます。ここで、梅雨時の大雨のように、十分な期間に十分な量の抗菌薬が使われれば、小さな折り畳み傘程度の耐性の細菌にも、ダメージを与えることができます。

しかし、途中で抗菌薬の使用をやめたり、飲み忘れたりしていると、抗菌薬に耐性がない細菌が一掃され、ある程度以上の耐性を持った細菌だけが増殖します。そこにまた、中途半端に抗菌薬を使う、ということを繰り返すうちに、徐々に強力な薬剤耐性菌が進化してくることがあります。

何度も雨に降られているうちに、小さな折り畳み傘をやめて、レインコートと長靴の完全防備に切り替える人が現れるのに似ているかもしれません。

薬剤耐性が生まれるまで 提供:国立国際医療研究センター AMR臨床リファレンスセンター

この、抗菌薬が使われているけれども生き残っている菌がいる、という状態の危険性を、実験室レベルで再現した研究があります(Baymほか, 2016)。

大腸菌が増えるのに必要な養分を溶かした長方形の寒天の両端に、薬剤耐性でない大腸菌を植えます。両端には抗菌薬が含まれていませんが、中心に向かうほど抗菌薬の濃度が段階的に高くなっています。中心は、最小発育阻止濃度(その種類の細菌が増えることができなくなる最低限の濃度)の1,000倍もの高濃度です。通常であれば、それだけの抗菌薬が含まれる場所では、大腸菌は増えることができません。

この条件で大腸菌を培養した結果、以下のようになりました。

両端から増殖する大腸菌は、抗菌薬の濃度が高くなる境界線でそれ以上増えられなくなります。しかし、しばらく待っていると、その境界線を突破する菌が現れ、新しい領域を埋め尽くします。

次の境界線でまた止まりますが、やはり突破されます。これを繰り返していくうちに、1,000倍濃度の中心まで、大腸菌で埋め尽くされてしまいました。

ここまでにかかった時間はわずか11日。そのあいだに大腸菌は進化を繰り返し、薬剤耐性を獲得してしまったのです。以下はこの様子を撮影した動画です。薬剤耐性菌が進化していく姿を実際に見ることができる大変貴重な映像です。

 
The Evolution of Bacteria on a “Mega-Plate” Petri Dish (Kishony Lab / Harvard Medical School)
抗菌薬の濃度が一定でないことで起こる、薬剤耐性の素早い進化を示す実験。動画の最後で細菌の上に重ねられた樹形図は、細菌が起こした進化の道筋を示している。

細菌の進化を踏まえた、適切な薬の使い方

病院や薬局で、「この抗菌薬は最後まで飲んでくださいね」と言われることがあります。これは、薬剤耐性菌の出現を防ぐことが目的です。

先ほどの研究でも(動画には登場しませんが)、大腸菌を植えた場所の近くで、いきなり高濃度の抗菌薬を使うと、長く観察しても耐性菌は出現しませんでした。耐性の強い細菌の進化を防ぐためには、適切な量と期間を守ることが大切なのです。

「もう治った」という自分の判断で飲むのを途中でやめてしまったり、「いつか必要なときに備えて」と残しておいたり、という抗菌薬の使い方は、全世界を巻き込んで、抗菌薬が使えない未来を招いてしまう危険性をはらんでいます。

抗菌薬を処方されて飲んでいたら「薬が身体にあわなくて悪影響が出た」と思った場合も、実は抗菌薬のせいではなく、もともとの病気の症状だった、ということもあります。自己判断で飲むのをやめたりせず、病院や薬局に相談をした方が良いそうです。

抗菌薬を使っている限り、薬剤耐性菌出現のリスクは避けられません。それは細菌という生物に進化する性質がある以上、どうしようもないことです。そういう意味では、感染症の予防に努めるなどして、そもそも抗菌薬を処方される機会を減らすこともとても大切です。

といっても、細菌の感染症から身を守るために、どうしても使いたい局面もあります。使わなければいけないのであれば、せめて私たち一人ひとりが適切に使うことで、薬剤耐性菌の出現の可能性をできるだけ下げるようにしたいですね。

薬剤耐性菌の出現から世界と自分自身を守る、もっと具体的な方法に興味がある人に、参考になるおすすめのサイトがあります。薬剤耐性問題が視覚的にわかる動画やイラストなど、さまざまな情報が掲載されています。ぜひ覗いてみてください。

かしこく治して、明日につなぐ 〜抗菌薬を上手に使ってAMR対策〜」(国立国際医療研究センター AMR臨床リファレンスセンター