photo by i Stock

「動く日本列島」を体感! リニューアルした〈地質標本館〉探訪記

最新立体地図と地球のお宝を堪能する

135年分のコレクション

衛星からの観測によって、「大陸間プレートの動き」を計測することさえ可能となった現代からすれば意外だが、実は、大陸の移動を説明するプレートテクトニクス理論が確立されたのは、わずか50年前のことにすぎない。

1912年にドイツのアルフレート・ヴェーゲナーが提唱した「大陸移動説」から100年余り、各大陸に残された化石や岩石に記録されている古地磁気などの情報をたんねんに調べた後続世代の地球学者たちによって、この壮大な学説は証明されてきた。

生物の一生とは比べものにならない長い年月にわたる変化を調べる地球科学において、化石や岩石は文字どおりの物的証拠、いわゆる“ブツ”だ。過去を物語るこれらのブツが存在しなかったら、プレートテクトニクス理論はとうてい成り立たない。

科学においては、このような物的証拠が大きくものをいう。だから各研究機関は、それぞれの分野で証拠となるブツを集め、分類するなどして保存している。

研究対象としてのブツの重要性を体現している代表的な組織の一つが、産業技術総合研究所(以下、産総研)の「地質標本館」だ。産総研の広い敷地の中央部で、一般公開もしている地質と鉱物の博物館である。産総研の前身組織のひとつに地質調査所があり、同所は1882年に設立されている。ヴェーゲナーが「大陸移動説」を発表するちょうど30年前のことだ。

写真1 地質標本館の外観

地質標本館は、産総研の前身である工業技術院傘下の研究所群がつくば市に移った翌年の1980年にオープンした。岩石や化石、地質の標本などを展示しているが、今回、その開館以来の大改造(リニューアル)を行ったと聞きつけて、探検隊一同で訪ねてみることにした。おもしろ研究探しが本業のわれわれだが、たまには息抜きに(?)、ちょっと趣向の変わった博物館を探訪するのも悪くないと考えたのだ。

館長の藤原治さん自ら、新装あいなった館内を案内してくださった。ブルーバックス探検隊、行く先々で歓待されてます。ありがたや。

藤原さん

地質標本館では、倉庫に保管してあるものも含めて約15万点の化石や岩石などを収蔵しています。前身である地質調査所の開設以来、135年間にわたって研究用に集めてきたものが主体ですが、なかには日本では見つからない貴重な鉱物もあり、学術的な意義から購入したものも存在します。」

「なぜ、こんなにたくさんのサンプルをもっているか? 研究における“証拠”を揃えておかなければいけないのが第1の理由です。本物の“ブツ”をもっていなければ、証拠としてのちの研究に役立たないからです。2番めには、展示を通じて人々に地質と鉱物に関する知識と情報を伝える意味があります」(藤原さん)

11分割した日本列島を3Dプリンターで再現

地質標本館は、無料で一般公開を行っている。地学研究を身近なものに感じてほしい、ひいてはそれが、防災意識の高まりなどにつながってくれれば――藤原さんたちはそう考えている。

「防災というと堅苦しく聞こえますが、実際には観る人がワクワクするような展示を心がけています。大きく分けると、4つの展示室を用意しています」と、人なつこい笑顔で迎え入れてくれた藤原さんは、われわれ探検隊をまず1階奥の「地質図」コーナーへ案内してくれた。今回のリニューアルのメイン展示だという。

地球の歴史、そして地質調査所の歴史を物語る展示物がコーナー側面の壁を覆う。第3回の探検隊が見せてもらった明治期の地質図なども展示されている。

その中央に、ドーンと横たわっているのが日本列島だ。千島列島から南西諸島まで、きっちりと収まっている34万分の1サイズの白地図。……と思ったら、山間部にはちゃんと凹凸がついている。よくよく見れば、海溝の深さまで立体表現されているではないか!


写真2 34万分の1サイズの立体白地図 海底から山岳地帯まで、日本列島の凹凸が再現されている

「平面上の距離は34万分の1サイズですが、同じ縮尺で再現すると、山や海の凹凸は小さすぎてわからなくなってしまいます。標高や海底面の縮尺は、縦方向に3.5倍ほど強調して再現しています」

確かに、富士山をはじめ、阿蘇山や四国山脈、中央アルプスなどの列島を代表する山々が、ゴツゴツとその存在を自己主張している。

「あれ、これは屋久島ですか? ずいぶん大きく見えますね」と問いかけると、「僕も最初は縮尺を間違えたんじゃないかと思ったんですよ」といって、藤原さんが振り返った。

鹿児島の南に、海底からポコンと突き出た丸い島。海水を抜いた状態では、屋久島は阿蘇山くらいの存在感がある。縮尺の間違いではなく、海中に沈んでいる部分が大きいということだ。


写真3 海中に沈んでいる部分が多く、想像以上に大きく見える屋久島

それにしてもこんなに精巧な立体地図は、どうやって作られたのか?

「全国を11のブロックに分けて、3Dの削り出しで作ってあります」

解説してくれたのは、立体地図システムの製作を担当した地球科学可視化技術研究所の芝原暁彦さん。どうして11ものブロックに分けたのですか?

「納品時間の制約が厳しかったので、列島全体の地図データを11地域に分割して、複数の製作所に発注しました。実は当初、私自身が自宅の3Dプリンターで30cm四方の模型を作っていたんですよ」(芝原さん)

芝原さん

列島を11地域に分けたのには、もうひとつ理由があり、地質標本館の搬入口をくぐらせられるギリギリの大きさも考慮に入れてのことだという。この話を聞いたとき、探検隊員の一人は以前、購入した冷蔵庫が玄関を通らず、一苦労したことをひそかに思い出していた……。

白地図が一転、色分けされた地形図に!

ところで、この凹凸立体白地図には、なにを塗るのですか?――素直な疑問をぶつけると、展示の背後に回った芝原さんが、なにやらゴソゴソとスイッチをひねる音がした。

「オッ!」

思わず、隊員たちの声が上がる。なんと、たった今まで石膏細工のように真っ白だった立体地図の上に、お馴染みの地形図が映し出されている。思わず上を見上げると、天井から吊り下げられた映写機が視界に飛び込んできた。計5台が、静かに働いている。

海と陸地の境界線がこれら映写機によってくっきりと描き出され、平野部は緑に、山岳地帯は茶色っぽく色分けされている。視線を落として、山の中腹を横から見ても、稜線は乱れることなく、美しい輪郭を描き出していた。


写真4 プロジェクションマッピングで地形図を映写した立体白地図
写真5 5台の映写機で日本列島全体を目配り

「これ、プロジェクションマッピングで映写しているんですよ」藤原さんがちょっと胸を張っていう。

プロジェクションマッピングとは、凹凸のある建築物の壁面に映像を投射し、静止画だけでなく動画までをきれいに映し出す技術だ。近年、東京駅をはじめとして各地のイベントで人気を博している。それにしても、こんなに精細に映し出せるものなんですね。

「日本列島を10m四方(場所によっては5m四方)の大きさで網目状に分割し(メッシュマップという)、そのひとつつひとつに情報を与えています。学術的にも、より正確に再現したかったので、当初は4台で映写する予定だったところ、5台に増やした経緯があります」(芝原さん)

それにしても美しい。国土地理院が発行している等高線地図も見ていて楽しいが、それとはまた違う楽しみがある。現時点で、世界で最も詳細に表示できる学術的プロジェクションマッピングだという。

芝原さんは産総研発の所内ベンチャーを立ち上げ、このプロジェクションマッピングを請け負っているのだが、5台めの映写機は、実は自前で調達している。高精細な映像を実現するため、赤字覚悟の参加だ。研究者出身だけに、こだわるべきところからは手が抜けないのだろう。

「全国地図に映し出すことで、地形と地質の関係が直感的にわかります。産総研はネット上でシームレス地質図を公開していますが、こうして立体地図に映し出すことでさらにわかりやすくなると思います」(芝原さん)

流通網や物資の集積拠点も一目瞭然

「さあ、ここからが本番!」という藤原さんの声とともに、投影される地図が次々と切り替わりはじめた。

たとえば、地形図に重ねて、幹線流通網が映し出される。それに併せて、こんどは全国の物資集積拠点が現れる。港の近くやインターチェンジの近くに多くの拠点が位置しているのがわかる。

「こうすれば、地質と交通網の関係が一目瞭然です。ゆくゆくは、これに活断層の位置も表示しようと考えています」(藤原さん)

そしてもちろん、全国の地質図を描き出すこともできる。産総研がウェブ上で公開している「20万分の1日本シームレス地質図」の情報を基に映し出したものだ。

中央構造線が愛知県のあたりから西へ向かって海をまたぎ、四国山脈を経て、九州へとつながるようすがクッキリと見てとれる。ネット上の小さな画面ではなく、全国規模で一覧できるのがすごいところだ。

「それが目的なんですよ」と、藤原さんが大きくうなずいた。

地質標本館が担っているのは、単なるアーカイブとしての役割だけじゃないんです。日本列島の地質的な特徴が、これからの産業とどう結びついていくか――それを探る責任も背負っているんです。」

「このプロジェクションマッピングでは、地形や地質だけでなく、鉱物資源や水資源、物流や施設など、公開されている情報をうまく組み合わせることで、さまざまな観点から列島地図を描き分けることができる。そこには、新たな産業のヒントがたくさん転がっているはずです」

単なる展示ではなく、産業界とのコラボレーションのカギになりうる施設、というわけですね?

「その通りです。たとえば、流通のプロから見れば、災害が起きたときにどういうサプライチェーンになっていれば再開しやすいかといったこともわかるはずだと思うんですよ。まずは見て、驚いてもらえればいいんだけど、いずれは参加型、対話型の展示にしたいと考えています。今回のリニューアルは、そのためのプラットフォーム作りでもあるんです。地質研究と産業界との、橋渡しの道具と思っていただきたい」

企画立案者である藤原さんの言葉には、自然に熱がこもっていた。


写真6 立体白地図に「地質図」を投影したようす。写真4の「地形図」との違いに注目