photo by iStock

コメを食べて花粉症を治す!「スギ花粉米」がもうすぐ実用化

完治を目指す注目の免疫療法

今年も大いに猛威を振るっているスギ花粉。横綱級の花粉症である筆者が、喉から手が出るほど食べたい"コメ"があります。それは農研機構が開発した「スギ花粉米」です。コメを食べることによって花粉症を治してしまおうという夢のようなお話。現在、その実用化に向けた動きが加速しています。

そもそも花粉症とは?

花粉症はいわば免疫システムの暴走状態。ときに大して害のない異物(抗原)にまで過剰に反応してしまうのがアレルギーです。

我々の体に備わる免疫システムでは、さまざまな免疫細胞がはたらいています。主な役者はT細胞とB細部というリンパ球です。

T細胞の中でも「ヘルパーT細胞」は免疫反応の全体をコントロールする“司令官”です。B細胞は、ひとつひとつの抗原に対応した「抗体」をつくる役割を担っています。抗体は抗原を無力化させるための“武器”です。細菌などが侵入した場合は主に「IgG抗体」が抗原に結合。その抗原を記憶し、再び侵入された際には大量の抗体で応戦して感染症を防ぎます。

 

正常な免疫反応とアレルギー反応の差は、侵入する抗原(アレルゲン)とこれに対応する抗体の違いにあります。花粉を認識してヘルパーT細胞が活性化すると、指令を受けたB細胞は「IgE抗体」を産生します。

先ほどとの違いは、このIgE抗体がさらに「肥満細胞」に結合することです(この状態を「感作」といいます)。そこへ再び花粉が入ると、肥満細胞に結合した抗体が花粉の抗原をキャッチ。すると肥満細胞からヒスタミンなど生理活性物質が放出され、これがくしゃみ、鼻水、鼻づまりといった症状を引き起こすのです。

現在の治療としては、抗ヒスタミン薬などを用いる薬物療法が一般的です。症状がひどい場合には鼻の粘膜を切除したり、鼻水を分泌する腺を刺激する神経を切ったりする手術をすることもあります。

そして唯一の根治的な治療法として期待を集めるのが免疫療法(減感作療法)です。体を徐々に抗原に慣れさせ、花粉に耐性をつけることで、アレルギー反応を起こしにくい体質に変えていくというものです。注射による皮下免疫療法や舌下液による免疫療法があります。

「スギ花粉米」のメカニズムとは?

スギ花粉米も、基本的には免疫療法と同じアプローチです。簡単に言うと「スギ花粉の成分を含んだ米」を食べることで、体に花粉が入ったと錯覚させようというものです。ちなみに、コシヒカリでもササニシキでもコメの銘柄は問いません。

では「スギ」と「イネ」、どうやって異なる植物種のハイブリッドを可能にしているかというと、遺伝子組換え技術です。遺伝子組換えでは、目的とするタンパク質をコードする遺伝子を導入することで、その生物にはない外来のタンパク質でもつくらせることができます。

スギ花粉米は、米粒の中に花粉そのものが入っているわけではなく、スギ花粉として認識されるのに必要な抗原タンパク質の一部が含まれています。

「スギ花粉米」収穫の様子(提供:農研機構)

免疫には、血液中やリンパ液中の免疫細胞による全身免疫とは別に、粘膜上皮組織で感染防御を行う特殊な免疫系があります。舌下療法では舌の下にある粘膜に作用させますが、スギ花粉米が狙うのは「腸」です。

食べ物という異物に日々接する消化管の粘膜は、感染防御の最前線。小腸は広げるとその表面積はテニスコートにも匹敵するといわれますが、それほど広く外界と接している腸は、まさに生体内で最大の免疫装置です。

しかし食物タンパク質にいちいち反応していては栄養吸収の妨げになります。そのため腸管では、食物タンパク質に対して抗体の産生が抑制されるなど、免疫が反応しない仕組み(経口免疫寛容)があると考えられています。

そこで重要になるのが、花粉の抗原タンパク質を腸まで届けることです。精製された抗原タンパク質は胃の消化酵素で分解されるため、腸まで届きません。その点、スギ花粉米は植物体であるイネの中、しかも米粒に抗原タンパク質がつくられるように制御されています。

可食部でなければ意味がないのは当然といえば当然ですが、米粒であることにはもうひとつの利点があります。米粒には「プロテインボディ」(タンパク質顆粒)という、種子にのみ存在するカプセルがあります。

抗原タンパク質はこのカプセルと植物細胞壁の二重のバリアによって、消化酵素や胃酸から守られ、効率よく腸まで届けることができるのです。その安定性から、スギ花粉米は数年間、室温で貯蔵することも可能です。

副作用のリスクは?

しかし花粉症克服のためとはいえ、アレルギーの原因物質をあえて摂取することに抵抗を感じる人もいるでしょう。実際、既存の免疫療法にはリスクが伴います。

皮下注射の場合は、抗原をごく微量から徐々に増やして投与していきますが、天然の花粉抗原エキスを使うためアナフィラキシーショックのリスクが避けられません。舌下療法も天然由来のエキスを使用するため、症状は軽いものの副作用のリスクは排除できません。

そこでスギ花粉米では、天然の抗原そのものではなく、遺伝子組換えによって抗原タンパク質の構造を改変することで「抗原と同じように認識されるが、ショック症状は引き起こさない」絶妙な設計がなされています。

天然のスギの花粉に含まれる抗原は、「Cry j 1」(クリジェイ1)と「Cry j 2」という2種類のタンパク質です。「Cry j」は日本スギの学名Cryptomeria japonica(クリポトメリア ヤポニカ)の略称で、スギ花粉症が国民病というのも納得のネーミングです。

スギ花粉米には、「Cry j 1」と「Cry j 2」それぞれの抗原の、T細胞によって認識される部分(抗原決定基;エピトープ)のうち、主要な7つを連結させた「7Crpペプチド」という“疑似抗原”が含まれています。T細胞には花粉が入ってきたと錯覚させますが、ショック症状の引き金となるスギ花粉に特異的なIgE抗体には結合しないようになっています。

「7Crpペプチド」を安全な抗原として米粒の中に大量に発現させることは、治療期間の短縮にもつながります。皮下注射の場合は、月1回の通院を3〜5年継続しなければなりません。舌下療法は自宅で投与可能で、保険適用によりハードルが下がりましたが、やはり数年単位の治療期間は必要です。

その点、スギ花粉米はこれらの治療法に比べて1万倍以上の大量の抗原投与が可能であるため、この米を食べる期間も短くて済むと期待できます。