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簡単!合成生物学 キッチンで「細胞」をつくってみた

生命1.0への道 第7回

作家ならではの想像力も駆使しながら「生命」の本質について考えていく好評連載「生命1.0への道」、第7回は、藤崎さんがとうとう自分で「細胞」をつくってしまいました!

絵・米田​絵理
実は、ある研究者があの有名料理レシピサイトに、「人工細胞のレシピ」を投稿したことがありました。それをより手軽にできるようにアレンジしたのです。材料は100円ショップやスーパーで買えるものばかり、調理時間30分弱、ご自宅のキッチンで簡単にできてしまう細胞づくり、あなたもやってみませんか? ただし、お味のほどは保証できません。

削除された「クックパッド」のレシピ

ご存知の読者も多いと思うが、「クックパッド」は人気の料理レシピ投稿サイトである。何かつまみになるようなものをつくれないかと、筆者も何度か検索したことがある。おそらく多くの主婦が日々、利用していることだろう。

2016年の夏ごろ、このサイトに奇妙な「レシピ」が公開された。「簡単♪人工細胞」というタイトルで、説明には「試験管内タンパク合成系PURE systemを巨大膜小胞の中に閉じ込めて、遺伝子からタンパク質を合成してみました」と書かれている。

ほとんどの人には意味不明にちがいない。材料のリストを眺めても、「DNA」を除けば馴染みのない横文字ばかりだ。手順もわけがわからないし、添えられている写真は明らかにキッチンで撮られたものではない(図1)。

図1「クックパッド」に掲載された「簡単♪人工細胞」と題されたレシピと、その削除を伝えたメッセージ


ただ「このレシピの生い立ち」には「ラボにあった材料で、簡単・本格的な人工細胞を創ってみました。プレゼントにもぜひ」と書かれている。どうやら人工的に細胞をつくる方法が、記されているらしい。

だが、それをプレゼントしてどうするのか? 僕はもらってうれしくないこともないが、やはり多くの人には疑問だろう。実際、とあるニュースサイトにこの「レシピ」が取り上げられ、「何故作ろうと思った!?」とヘッドラインで問いかけられている。誰もがそう首を傾げずにはいられないはずだ。

残念ながら(?)、この「レシピ」は間もなく「クックパッド」の運営会社によって削除され、今は見ることができない。投稿者に届いた運営会社からのメッセージには、「お料理のレシピではないものを、レシピとして掲載することはご遠慮ください」と書かれていた。当然と言えば当然だろう。

どうせなら、できた人工細胞を調理して食べる方法まで示してあれば、よかったのかもしれない。しかし、そういう問題でもない気はする。

この「レシピ」を投稿したのは、東京工業大学・地球生命研究所(ELSI)特任准教授の車 兪澈(くるま・ゆうてつ)さんだ。「合成生物学」という新しい手法で、生命の起源に迫ろうとしている新進気鋭の研究者である。一見、すごく真面目そうなのだが、わりと茶目っ気は多い(写真1)。

「クックパッド」の件も、半分はシャレだったのだという。しかし本気で利用することも考えていた。

写真1 車 兪澈さん

もともとは実験手法ばかりを掲載している学術雑誌に出していた「レシピ」というか論文なのだが、利用者にとっては何となく小難しくてとっつきにくい。実験手法は詳しく紹介されているものの、英語で書かれていることもあって敬遠されそうだ。もっといい媒体はないかと考えているうちに「クックパッド」が頭に浮かんだ。

「あれは非常に優秀なフォーマットで、『アブストラクト(概要)』もあるし『マテリアルズ&メソッズ(材料と手法)』や背景を書くところもあるし、各ステップが写真つきで並べられて、成功例も挙げられる。論文のフォーマットを、ある程度網羅しているんです。だから、こっちでやったほうがいいんじゃないかと思って」やってみたそうである。

動機はともかく、実際に「レシピ」を見た人の何人かは面食らっただろう。そもそも人工細胞とは何なのか。そんなものを本当につくれるのか。つくってしまっても、いいものなのか?

合成生物学とは、平たく言えばその名の通り生物を人工的に合成しようとする学問である。

これまでの連載で紹介してきた生命起源の研究は、現存の生物を含めた自然を観察・分析して、40億年前に何が起きたかを推定し、それが正しいかどうかを実験で確かめようとしていた。その多くは実験室内に原始地球と同じ(と想定される)環境を部分的にあれこれ再現して、何が「自然に」できてくるかを調べていたのである。

つまり手法としては「理学的」あるいは「解析的」であり、そういう意味では「伝統的」だった。

これに対して合成生物学は「工学的」あるいは「構成的」な手法をとる。つまり40億年前の状況がどうだったかを念頭に置きつつも、今ある材料や道具をガンガン使って生物(的なもの)全体や、その一部をつくり、できてしまったら改めてその意味を過去にさかのぼって考える。

ばらばらに分解してしまった時計を、それぞれの部品の働きや、部品どうしの関係などを考えつつ、試行錯誤しながら組み立て直すようなものだろうか。その過程で「時計」を可能にする原理や仕組みが見えてくる。一種のリバースエンジニアリングと言えるかもしれない。あるいは人間の「脳」を理解するために「人工知能」をつくってみることにも似ている。

具体的にどのような研究が行われているかは次回から見ていくことにして、今回は先ほどの「人工細胞とは何なのか」と「そんなものを本当につくれるのか」という疑問に答えておきたい。