Photo by iStock

知りたくなかった…「白羽の矢が立つ」という言葉の怖ろしい語源

極めて悲劇的な意味合いなんです

名誉?なのか?

多くの人材の中から選抜される場面によく用いられる、「白羽の矢が立つ」ということわざ。「チーム再建のコーチとして、○○に白羽の矢を立てる」「激しい政権抗争の末、総理候補として××に白羽の矢が立つ」など、ある種良い意味であるように思えるが、実はこうした使い方は本来、“誤用”だった。

むしろ、その語源を辿って正確に解釈すると、「白羽の矢が立つ」ことは、きわめて悲劇的な意味合いを持つのだ。

日本では古来、洪水や干ばつといった自然災害は、神の怒りによって引き起こされていると考えられてきた。古事記や日本書紀に描かれる有名な「ヤマタノオロチ伝説」でも、水神であるヤマタノオロチが怒りによって暴れ出すために、河川がたびたび洪水を起こすとある。

こうした神々の怒りを鎮めるため、当時の人々が行っていたのが「人身御供」、すなわち生身の人間を生贄として神に捧げるという儀式。生きたままの人間、多くの場合は少女を川や池に沈めて、その命を捧げることで、その地は自然災害から免れると信じられていたのだ。

ここで問題となるのが、どうやって人身御供の生贄を選んでいたかということ。当然、実際に神が人を選ぶわけではないから、村の代表者による合議によって決めていた。

 

とはいえ表向きは、自分たちではなく、神の意思によって決めたことにしたいと考えた当時の人々は、生贄に選ばれた少女の家の屋根に、白い羽の矢を立てて、それをあたかも神託であるかのように、人身御供の目印に見立てたという。

このように、「白羽の矢が立つ」というのは本来、「大勢の中から生贄に選ばれる」という、何とも恐ろしい意味として使われていたのだ。ただし、この人身御供という儀式は、神に仕える名誉なことと捉えることもできる。そのため、人身御供自体が時代と共に消失していく中で、次第に現在のような「名誉ある者」や「大役を授かった者」という良い意味で使われる場合がほとんどになったのだ。(栗)

『週刊現代』2018年4月7日号より

新生・ブルーバックス誕生!