司法

「アーチャリー」と呼ばれたわたしが、今伝えたいこと

オウム裁判は結審した。では真実は?
松本 麗華 プロフィール

詐病とされ、未治療のまま放置されている父

さて、「主役」であるはずの父の、いわゆる「麻原裁判」では、どのような問題が指摘されてきたのでしょうか。父の一審の弁護団長を務めてくださった渡辺脩先生は、ご著書『麻原を死刑にして、それで済むのか?』(三五館 2004年3月)の中で、以下のように記されています。

<一連の「オウム事件」について、麻原被告にオウム真理教教団の『教祖としての責任』があることは弁護団も認めているのである。それは教祖としての地位と宗教活動から生まれる当然の責任である。

しかし麻原被告は一連の「オウム事件」の実行を指示したという「刑法上の『共謀』の責任(評議責任)」を問われて、逮捕・勾留され、起訴されている。その謀議責任の成立には、いつ、どこで、誰に対して、どうしたか、という具体的な証拠が必要であり、そういう証拠があるかないかを調べるのが公判の審理になる。そしてその証明に疑問が残れば、無罪にしなければならないのが刑事裁判である。

この「刑法上の謀議責任」は教祖の地位にあったというだけでは成り立たない。それなのに、麻原被告が教祖であったというだけで「刑法上の謀議責任」も当然あったように混同しているのが世間一般の風潮ではないのだろうか。

麻原弁護団は、そういう社会的風潮は間違っている、ということを言い続けてきた>

 

父は実際に事件に関わったのか、関わったとしたらどの程度まで関わったのか。本当に事件の「首謀者」だったのか。父が何を知り、何を知らなかったのか。当然に、父にしか知らない事実があり、父にしか語れないことがあります。

しかし、肝心の父は病気になってしまい、裁判で語ることはできませんでした。

[写真]地下鉄サリン事件当日の築地駅付近。混乱と恐怖が日本社会に広がった(Photo by GettyImages)地下鉄サリン事件当日の築地駅付近。混乱と恐怖が日本社会に広がった(Photo by GettyImages)

逮捕されて半年ほど経ったころから、父が拘禁症状を呈しているという報道が出始めました。拘禁症状とは、うつ状態、幻覚や幻聴、外から与えられる刺激に反応ができなくなる「昏迷」状態など、自由を奪われた人に起こる、様々な症状です。

しかし、父の病気は「詐病」とされ、治療が試みられることもなく、その身体だけが形式的に裁判所の被告人席に置かれ、裁判が続けられました。

父の初公判が開かれたのは、1996年4月24日のことでした。

それからおよそ6カ月後の10月18日、父は「頭蓋が破裂する危機感」を弁護人に訴え、井上嘉浩証人に対しては「精神病だと思われるかもしれないので、飛んで見せてくれ」などと発言したため、この日の裁判は早めに切り上げられました。

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