撮影/森清
野球

清宮幸太郎の「打てない」ばかりを強調する報道への違和感

いつか、ありのままの彼に戻るから

打てないのは当たり前だ

日本ハムの清宮幸太郎は、なぜ、打てないのか。そんな記事ばかりが目立つが、打てないのは当たり前である。野球はピッチャー主導のスポーツである。

どんなスポーツでも、ボールを持っている方が圧倒的に有利なのだ。見方を変えれば、守る側が攻めていて、攻撃側が守っているのだとも言える。相手の攻めに、ある程度、慣れなければ、受ける側は対応のしようがない。

ましてや、清宮は高卒である。バットも違うし、ボールのスピードや変化球の切れも、大学生や社会人を経て入団した選手の何倍もギャップを感じていることだろう。
大事なのは、どれくらいの期間でアジャストできるか、ということである。

 

清宮は今、成長している。そうは見えなくとも、だ。さまざまなことを吸収しながら、打開策を探っているはずだ。

高校時代の、そんな清宮の軌跡をたどったのが、このたび上梓した『王先輩から清宮幸太郎まで早実野球部物語』である。

厳密に言うと、これは清宮幸太郎の本ではない。かといって、早実の本でもない。強いて言うならば、早実の清宮の本だ。

もともと、清宮幸太郎に興味があったというよりも、早実の清宮に興味があった。早実は、監督である和泉実自ら「練習したからといってうまくなるもんでもないと思うよ」と言えるチームだ。それは能力主義ということではなく、指導者が選手に練習を課し過ぎ自己満足に陥らないよう、自分を戒めているように映った。

「監督でいちばん大事なことって、選手の邪魔しないことだからさ」

こう言える指導者のもとで、高校1年生のとき、すでに規格外だった清宮が、高校野球の枠からどれだけはみ出ていくのか。それが楽しみで仕方なかった。

指導とは、競馬にたとえれば、「調教」でもある。ゲートからちゃんと出るよう、抑えた走りをできるよう、野生を矯正していく作業でもある。ただし、その過程で、「走る喜び」を失ってしまうことがある。

早実の選手たちは、ある意味、野生のままだった。だから、スタートに失敗したり、コースを外れてしまったりすることもある。今の清宮も、そうなのかもしれない。でも、ときおり、野球の本当の楽しさに目覚め、とんでもない走りを見せることがあった。

それが2006年夏、斎藤佑樹を擁し全国制覇したときの早実であり、2015年夏、清宮が入学してきたばかりのときに全国四強入りしたときの早実だった。周りはもちろん、本人たちも驚いていたものだ。

2016年秋、清宮がキャプテンとなったチームの最初の公式戦、秋の東京大会もそうだった。前年に続いて投手陣が弱く、とてもではないが勝ち進めないだろうというのが周りの評価だった。ところが、打って、打って、打ちまくって、東京大会を制し、翌春の選抜高校野球大会への出場を確実なものとした。

新生・ブルーバックス誕生!