Photo by gettyimages
格差・貧困 国際・外交 国家・民族 日本 中国

「中国人はカネに汚い」は本当か? ナゾの金銭感覚に迫る

70歳が見た「日本人が知らない中国」

ジャーナリストではなく「中国奥地で活動する70歳の自然写真家」という視点から、「中国の地方」の実態を写真と文章で切り取る青山潤三氏の連続レポート。今回は、日本人にとっても気になる「中国人とお金」がテーマです。

何でも「値段」で返事する

1ヵ月の長期にわたり続いた春節休みも終わり、先々週(3月5日)から、中国の人々は通常の生活に戻りました。
 
アシスタントMの実家での春節風景のレポートも届きました。それを読むと、中国の田舎の正月風景は、日本と良く似ている部分と、随分違う部分とが混じりあっていることが分かります。例えて言えば、昔の日本の正月の日常が、今も残っている、ということなのかも知れません。
 
家族の団らん、様々なイベント、美味しそうな料理…。筆者は春節期間中、独りぼっちでほぼ「白いご飯」ばかり食べて過ごしたというのに、なんという幸せそうな光景でしょうか。

Mの実家の春節期間の食卓(撮影:Monica Lee)

ところで、中国の新年の挨拶は「新年快楽、恭喜発財」といいます。「新年快楽」は、もちろん「あけましておめでとう」。一方「恭喜発財」は、直訳すれば「お金を貯めることを喜ぶ」なのですが、ここでは「あなたに幸福を」という意味になります。

「貯金=幸福」。いかにも中国らしいですね。
 
この言葉が象徴するように、おそらく多くの日本人は、中国人の金銭感覚に対して、こんなステレオタイプを抱いているのではないでしょうか。

日本人はお金に対して恬淡としている。が、中国人はがめつい――と。

一応、著者も自らの体験に照らして、それには同意します。

「これは何ですか?」

「100円」

「バスターミナルへの行き方を教えてください」

「(バス代は)200円」

中国で人に何かを尋ねると、真っ先にお金のことが返ってきます。生活の中での、お金に対する「距離感」がきわめて近いのです。

 

でも、これは正確に言えば、彼らが単にお金にこだわっているというよりも、金銭関係のことを「開けっ広げにしている」ということではないかと思います。

日本人の生活にも、当たり前ですがお金が必要不可欠です。しかし、そのことをあまり口に出したりはしません。心のどこかで、お金は不浄な存在であり、お金にかかわることを軽々しく口にするのは「卑しいこと」と考えています。

一方の中国人は、お金の話をすることを、悪いこととも恥ずかしいこととも思っていないのではないかと思います。

お金に対して、あけすけに興味を示すのですが、使ったり支払ったりするときには、意外に執着がないようにも感じられます。「カネは天下の回りもの」という考え方が徹底されているようです。

中国のご祝儀袋「紅包」(撮影:Monica Lee)

出版社がいきなり「消滅」

中国で仕事をすると、支払い期日になれば確実に原稿料が振り込まれる日本と違い、踏み倒されることも珍しくありません。しかし、こちらが「困っているから前払いにしてもらえないか」と伝えると、気前よく前払いしてくれたりもします。

筆者の友人に、中国でバンドをやっている欧米人とアフリカ人の大学生4人組がいて、あちこちでライブを開いて小銭を稼いでいます(本当は、中国国内で外国人が勝手にバンド活動をするのは違法です)。

それが結構金になる…はずなのですが、2回のうち1回はライブハウス側と揉めてギャラを支払ってもらえなかったり、仲介人がギャラを持ってトンズラしたりといったトラブルが起こり、困っているそうです。理不尽ではありますが、自分たちの置かれた立場上、当局に訴え出ることもできず、いつも頭を抱えています。

そのバンドは白人2人・黒人2人の構成なので、時には興行元が「メンバーに黒人がいるから、ギャラは払えない」などと、本当に21世紀の地球なのかと疑いたくなるほどの、信じられない暴言を平気で言い放つそうです。

新メディア「現代新書」OPEN!