阿井さんが釣り上げた尺もの
医療・健康・食

「形容できないほど旨い!」淡水魚の女王・ヤマメの味わい尽くし方

いよいよ渓流釣り解禁!
70年ぶりに発見された新種ウナギの発見者の一人として名を連ねる狩猟民系作家・阿井渉介さん。御年76歳ながら自在に山野を駆け巡り、英語さえしゃべれないのに単独で一週間も東南アジアを歴訪してしまう、肉体精神とも異様にタフなおっさんが、今回紹介してくれるのは、古来から日本人が愛してやまない川の極旨魚・ヤマメの味わい方だ。

焚き火を前に「孤高の味覚」塩辛で酒を飲む幸せ

渓流の釣りが各地で解禁になっている。

ヤマメは淡水魚の女王、いや山乙女魚と字を当てることもあるくらいだから、王女だろうか。

朝まだ暗いうちから釣り始め、昼には川原で焚き火をして石を焼く。石の上に釣果を並べて、薄く塩を振り、朴〈ほう〉の葉(なければ蕗〈ふき〉の葉でいい、これならどこにでもある)で覆い、待つ。やがて葉と魚の焦げる匂いが、渓の空に上る。

茶色になった葉をどけて……。

真っ白な身は、木の枝を削った箸の先にほろりと骨を離れ、噛むまでもなく舌の上にほどける。上品でほのかな香りが一瞬に鼻腔にすり抜ける。高雅な味とはこういうものかと、目をつぶってしまう。

 

山道にへたり込みそうになりながらも、ビールや酒の重荷を担いできたのは、このときのためだ。

瞼〈まぶた〉の裏に、さっき釣り上げて、小振りだったからそっと水に戻してやった姿態が浮かぶ。少女は戸惑ったように石にそって佇み、ふっと身を翻して深みに消えた。

キャッチ&リリースが推奨されたことがあるが、サイズの小さなものは、言われずとも逃がしてやりたくなる。それほどに少女を思わせる魚だ。

からだに朱点のあるアマゴとなれば、可憐さはさらに増す。

ヤマメとアマゴ、ほとんど同種、あるいは亜種なのだろう、朱点以外に差異はない。

サケ目サケ科に属し、川の上流の冷水域に生息する

ヤマメ釣りは難しい。

だが、難しいところに趣きが含まれている。

国道から川沿いの道に入って二時間、アスファルトの道路を離れて山道を車で一時間、それから歩き出して二時間、ようやく釣り場に着く。そんなことが珍しくない。

けれども、ここまで来れば、オスの鼻が曲がった尺ヤマメが釣れたり、入れ食い状態の沢筋で、三人合わせての釣果が六十、七十ということがある。

運がよければ、こんな釣果も期待できる

腐らせては魚に済まないから、川原ではらわたを取る。はらわたは捨てない。捨てるのはえらだけ、食道も胃も選り分ける。小さな心臓も残す。

胃や腸は割いて裏返し、蟲〈あし〉の脚やら翅〈はね〉やらを除き、ひだに残らないよう流れで洗い清める。はらわたは少量だが、魚の数が多いと、それなりの量になる。ビニールの袋に納め、塩を加え、やさしく揉んでおく。

はらわたを除いた魚の一部は、味噌を酒で溶いたものに浸し、これもビニール袋に納める。

二種のビニール袋は、リュックに入れて野営地まで運ぶ。

野営地では、まず火を焚く。

渓の闇は濃い。

炎に、なにか自制心を忘れさせるような閃きが、見つめる一瞬に現れる。

見定めようとすれば、酒が要る。

紙パック入りの安酒が闇と炎によって、献上ものの大吟醸を凌駕する。第一のビニール袋のはらわたは、ここで出される。リュックの中で程よく温められ、程よく揺られてきたはらわたは、これまでの人生に味わってきた種々の味から、孤絶した塩辛になっている。

尺ヤマメのオスの、ばかにらんだ腹を裂こうとして、思わず声を上げ飛び退いたことがある。ナイフの刃を入れた途端、二十センチくらいのマムシが噴出するように出てきたのだ。マムシは尻尾の先から溶けかけていた。

イワナが流れを渡る蛇を襲う話は聞いたことがあるが……。

もっと驚くのは、喉まで餌を詰め込んで、なお小さなミミズの餌に飛びついてきた、あくなき食欲だ。

カナブンの硬い鞘翅や脚は、胃から頻繁に出てくる。一体何時間で消化できるというのか、不思議だった。川虫だけではない、ヤマメは様々な生きものを食べている。その胃は強靭でしなやかな力をもっている。蛇までを溶かし吸収し、虫の、蛇の、エッセンスを滋味に変え、胃の塩辛は清雅に澄んでいる。

微小な赤い三角錐だった心臓は、たいていの場合、舌でさぐり当てられない。溶けてしまうのかもしれないが、しかしこの塩辛全体の味と香りを引き締めている。かすかな、潮のような血の香に、それを感じる。

新生・ブルーバックス誕生!