なぜ印刷会社が予測に力を入れるのか?

冒頭に述べた通り、出版物の需要予測は、難易度が非常に高く、結果として起こる問題の1つが「刷りすぎ」だ。「書店が過剰な在庫を抱え、出版社は40%とも言える返品に苦しめられている」と大日本印刷も課題を認識している。

しかし、印刷会社としては、刷れば刷るほどビジネスとしては嬉しいのではないか。若林氏は首を横に振る。

「出版業界全体を見なければいけません。はっきり申し上げれば、いまは初版から作り過ぎている書籍が多い。利益率の低い商品を作っていては、印刷会社も結果として苦しむことになる。そして、コスト削減、返品率の抑制といった『マイナスをなくす』だけではなく、新たな企画の提案のように、市場を拡大するような『プラス』を生むことも目指しています」

より確度の高いAI予測を実現するためには、分析に必要なデータをより一層集める必要がある。そのために、大日本印刷では今後はさらに多くの出版社、書店、取次(出版社と書店をつなぐ流通業者)と協力を拡大し、AIに必要なビッグデータの集積を図るという。

当然だが、書籍の需要の予測そのものはこれまでも認識されていたし、行われていた。では、従来はどのように、出版社や印刷会社は本の売り上げを予測し、刷り部数を決めていたのだろうか。そして、AIによってそこにどんな革新が起こるのか知るためにも、おさらいしておきたい。

われわれが本を実際に購入するのはもちろん、書店だ。いつ、どんな本が何冊売れたかはレジのPOSデータとして、集積される。例えば丸善ジュンク堂、紀伊國屋書店などといった大規模チェーンには大量のデータが集まり、その情報を出版社は購入している。

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このような「リアル書店」だけではなく、近年ますます見逃せないのがAmazonなど「ネット書店」の存在。Amazonでの売り上げやランキングデータも、出版社にとって貴重な判断材料になっている。

そうして、リアル書店やAmazonで売り上げのいい本がめでたく重版となるわけだ。もちろん、予約数が多ければ、発売前に重版がかかることもある。この重版には500部のものもあれば、数万部にも及ぶものもあり、いつどれだけ刷るかを、データを見ながら決定する。これが一連の流れ、と言えるだろう。

もちろん、このようなシステマチックな方法は、AIが得意とするところ。ただし、現状では「データを見る」とはいえ、最終的な判断は出版社の「経験則」で決められている。「類書が何万部売れたから」「この著者には何万人の読者がいるから」――そんな理由を、現場が膝を突き合わせ、会議をして決めている。

何が正解か簡単には言えないが、結局は需給のギャップという大問題は解決されないままになっている。大日本印刷のAI予測は、そこに一石を投じるものだ。

「出版社が抱える課題として、重版すべきタイミングを逃して、売り逃しをしてしまうこと。また、重版の部数が多すぎて在庫を抱え、返品率が高くなったりする。しかし、もし精度の高いAIを導入すれば、それぞれのケースで、早いタイミングで適切な量の商品を提供できたり、もしくはコストをカットしたりできます。

これは、出版社や書店だけの課題ではありません。印刷会社も、例えば重版となった時に、適切なタイミングで製造ラインを動かさないといけません。刷るべき時に、刷るべき数の商品を製造することは、製造業として非常に大切なことです。印刷会社も出版のサイクルの中のプレイヤーであるからこそ、予測に力を入れ、今回AIによる予測に動き出したのです」