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森友学園 文書書き換え

日本人が「公文書改ざんの重大性」にピンと来ないのはなぜか?

そこに、この国の「闇」が潜んでいる

ついに森友学園「文書改ざん」をめぐる集中審議が国会で始まる。

破棄、未作成、隠蔽…これまでも公文書に関係する不祥事が多発してきた安倍政権だが、その根底にはこの国の「公文書軽視」という病が横たわっている。

歴史学の視点から公文書研究に携わる、瀬畑源・長野県短期大学准教授の警告。

「言葉遊び」を続ける政権

やってはいけないことをやってしまった。

森友学園に関する文書の「書き換え」を財務省が認めたときの最初の感想である。

筆者は、歴史研究者の立場から、公文書管理制度について長年コメントをし続けてきた。2月に『公文書問題 日本の「闇」の核心』(集英社新書)として一冊の本にまとめたが、この中で主に批判しているのは、法の抜け道を探りながら、文書を捨てる、文書をあえて作成しない、文書を作成しているのに「公文書」として扱わない(個人が作った私的なメモ)、とした事例である。

当然これらも大きな問題ではあるのだが、まさか刑法に抵触する可能性のある「改ざん」をするとは、というのが正直なところで、驚きを隠せないでいる。

菅義偉官房長官は12日午後の記者会見で、「改ざん」ではなく「書き換え」であると主張し、理由として「主文がほとんど変わっていなかった」と述べている。今回の決裁文書のうち、「書き換え」られたもののほとんどは、「調書」と書かれた説明文書の部分であるからと言いたいのだろう。

しかし、これは言葉遊びの世界である。

この文書は、付属する説明文書と一体となって決裁を受けている。よって、「書き換え」と言いつくろったところで、決裁文書を大きく変えたことには何ら変わりはない。

そもそもの前提として、近代官僚制は「文書主義」で動いている。何かを決定するときには、原則として文書が作られ、それに基づいて行政は執行される。

特に決裁文書は、行政機関が組織として最終的な意思決定を下した証拠となるものであり、行政の正確性を確保し、責任の所在を明確にするものである。

特定の人物の恣意で行政が行われるのではなく、憲法や法律といったルールに従うのが、近代国家の姿であり、決裁文書はその基本を支えるものである。

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各行政機関の歴史的に重要な決裁文書は、国立公文書館などの公文書館で永久保存され、一般に公開されている。

「決裁文書」が後から変えられることはないということは「常識」の類である。だからこそ、その文書に基づいて行政は行われるし、国会などでの議論も成り立つのである。

もし、後から変えられるということになれば、決裁そのものの正当性が疑われることになり、ひいては文書主義で動いている官僚自身の存立基盤までをも危うくすることになる。

「決裁文書」が信用できなくなったら、その行政機関の決定はすべて信頼できなくなってしまう。その場合、どうやって仕事を進めるというのだろうか。

 

日本人が文書を軽んじるのはなぜか

昨年来、南スーダンPKO日報問題、森友学園問題、加計学園問題、そして最近の裁量労働制問題と、公文書をめぐる不祥事が相次いで起こっている。

この中で注目を集めたのが「公文書管理法」であろう。

「公文書管理法」とは、読んで字の如く、公文書を管理するためのルールが決められた法律である。2011年4月に施行された、比較的新しい法律である。

公文書管理法までの歴史を簡単に整理すると、以下のような流れになる。

大日本帝国憲法下の官僚制は、「天皇→大臣→官僚」という典型的な縦割り組織であったため、文書の管理はすべて各行政機関に任されていた。そのため、自分たちが必要な文書だけを残すことが習慣化した。

よって、決裁文書は多く残ったが、政策決定をするまでの文書は不要として捨てられることが多かった。

1945年の敗戦時に文書を大量に焼却したことは良く知られているが、当時の官僚たちは文書を自分たちのものだと考えており、文書を残して国民に説明責任を果たすという考えは希薄であった。

その後、日本国憲法の制定により、官僚は「全体の奉仕者」となり、国民に対する説明責任を負うことになった。しかし、ほとんどの行政機関が維持されたこともあり、公文書管理のあり方は変わらなかった。

しかも、自民党の長期政権が続く中で、自民党と官僚が情報を独占するようになった。「情報は権力の源」であるがゆえに、自民党は情報公開に極めて冷淡であり、官僚も公文書を自分たちの必要に応じて管理をし続けたのである。

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