格差・貧困

自己破産者も急増「私はこうして奨学金を返せなくなった」

就職すれば大丈夫と思っていたのに
岩崎 大輔

適応障害になって…

大手不動産会社の営業マンとして身だしなみにも気を配り、高価なスーツとクリーニング代はすべて自腹で、貯金もままならなかった。

「会社は『働き方改革』なんて言って、夜9時に営業所から退所しなければなりませんが、退所後は、隣の駐車場の車内で残業の続きをしたり、モデルハウスの中にある事務所で引き続き書類の作成をする日々でした。

休みでも電話に出なければならず、上司に休日、旅行に行く旨を伝えたのですが、温泉に入っている間の40分間に何件も着信履歴があり、慌てて掛け直すも大目玉を喰らいました。翌日、会社に行くと『電話ぐらい出ろよ!』と朝一で叱られました」

休みの前日には先輩が「俺は明日、どこどこでポスティング(不動産のチラシ配り)するけど、お前は?」と尋ねてくるので、Mさんも同調せざるを得ない。昼間には、先輩から急に「おまえ、どこどこでポスティングしてるなら昼飯一緒に食うか」と抜き打ちの電話もある。

 

「新入社員は仕事を覚えるのがまず先で残業代をもらうなんておこがましい」と説教され、月80時間を超えていた残業時間も、書類上では月30時間以下に調整された。

他の社員の前で怒鳴られるのは日常茶飯事で、「お前は発達障害だから診断書をもらってこい」と怒鳴られ、診断書を取りに行かされもした。結局Mさんは精神的に追い込まれ、入社後4カ月目に受けた健康診断で、甲状腺肥大化の診断を受ける。医者にかかると、精神科への通院を勧められ、適応障害の診断が下った。

「ところが治療中も上司から『いつまで休んでいるんだ』『甘えてんならさっさと辞めろ』と連絡が来ました」

病気が完治しないまま職場復帰をせざるを得ず、ミスをして怒鳴られる、を繰り返す。入社3年目の5月、自己都合退職となった。

「入社3年目で残業代込みで年408万円でしたが、上司との飲み会やスーツ代がかさんだため貯金はできず、退職した時点で、国民健康保険も払えないほど困窮しました。奨学金の返済は毎月1万4000円だったんですが、ついにこれも払えなくなってしまった。すると、奨学金返済の連帯保証人になっている父、保証人になっている叔父のところにも電話が行くようになりました」

働ける状況にないために、返済を待ってもらうように奨学金返還相談センターに連絡を入れた。自動音声案内に従い、15分も経過するとオペレーターにつながった。

「叔父には請求しないで欲しい、と伝えても『返済をすれば連絡はしない』『返済をしなければ督促状は止められない』と返され、現在の自分の経済状況や身の上を説明しても『困っているのはMさんだけじゃない』と突き放され、最後には感情的に『返済して』と怒鳴られるのです」

適応障害はさらに悪化。その後何度かセンターに連絡し、今の状態では到底返済できない旨を繰り返して伝えると、医師から診断書をとって、「傷病」という扱いにすれば猶予申請をすることを教えられた。

「何人かのオペレーターと話したのですが、『返しなさい』と言われるだけ。それも、なぜかみな一様にヒステリックで……」