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40代の証券マンが、夢を追いかけていた「20代の父」に会いに行く

「家族をさがす旅」【7】

現役証券マンにして作家の町田哲也氏が、実体験をもとにつづるノンフィクション・ノベル『家族をさがす旅』。

​緊急入院し、2度の手術を受けた78歳の父。たびたび家族に手をあげ、妻にも一度は愛想をつかされた父にとって唯一の誇りが、20代の頃に岩波映画でカメラマンとして働いていたことだった。

寡黙でぶっきらぼうな父の青春は、どんな日々だったのか。父は何に夢中になり、何に挫折したのかーー。父の人生を全く知らずにいたと気づいた「ぼく」は、その若き日を追体験すべく、当時の関係者を訪ね歩いた。

連載第1回→「危篤の父が証券マンのぼくに隠していた『もうひとつの家族と人生』」

働きながら大学に通っていた

岩波映画製作所は1949年、優れた科学映画の製作という理想を掲げて設立された。父が10歳のときだ。同社は1998年に幕を閉じるまで、企業のPR映画や教育映画、ドキュメンタリー映画など、記録映画全般において多くの作品や人材を生み出すことになる。

高校を卒業すると、父は当初アルバイトとして岩波映画で働きはじめた。そのきっかけが祖父稔と岩波設立メンバーの1人、羽仁進の父親である羽仁五郎との個人的なつながりだったという。

歴史学者として著名な羽仁五郎は1901年、群馬県桐生市の出身。町田稔は1905年、鹿児島県の出身だ。

2人の間にどのようなつながりがあったかをたしかめることはできないが、入社後の父に対する羽仁進の態度に親近感のようなものはなかったようだ。父が挨拶をしても羽仁氏から何の反応もなかったことに、よく不平を漏らしていた。

 

この頃の岩波映画には複雑な人事制度があったことが、『映像をつくる人と企業 岩波映画の30年』(草壁久四郎、みずうみ書房)に記されている。職員は、社員、嘱託、特別嘱託、雇員、臨時雇員、労務要員、運転手・交換手などにわかれていた。

新興の映画会社である岩波映画は、外部から人材を獲得する必要があったため、このように区分を明確にする必要があったのだろう。アルバイトから入って社員になる父のような例は、それほど多くはなかったという。

父は岩波出身の方が話題にあがると、「あいつは社員だった」「社員じゃなかった」といった区分でその人を評価することがあった。それほど自分が岩波映画の社員だったということに誇りを感じていたのだろう。

父の過去をたどっていくうえでぼくがまず手をつけたのが、勤務記録だった。人生のハイライトを選べといわれれば、父はカメラマンとしての20代の10年間と答えるような気がした。しかしそのときの話を、ぼくは父の口を通して断片的にしか聞いたことがなかった。

年金事務所には、企業がいつ厚生年金の保険料を払ったかがすべて記録として残っている。それを見れば、父が岩波映画で働いていた時期を正確に特定できると考えたのだ。

ぼくが渋谷区の年金事務所に向かったのは、9月に入ってからだった。厚生年金保険に加わっていた企業しか残っていないが、即座にデータを出してくれた。

父の職歴原簿には、昭和35年(1960年)2月から39年(1964年)11月までの57ヵ月間、岩波映画製作所に勤務した旨が記録されていた。

先日確認した高校の卒業記録と照らし合わせると、昭和33年(1958年)3月に高校を卒業して、35年2月には入社していることがわかる。アルバイトで通いはじめたといっていたので、もう少し前から岩波に出入りしていたのだろう。

法政大学短期大学部には、36年4月に入学し、38年3月に卒業している。高校を卒業して何年も浪人した末に入学したのかと思っていたが、働きながら学校に通っていたことがわかった。

祖母はよく、道良について、「ほとんど大学なんて行かなかった」、「在学中は、1冊しか本を買わなかった」とあきれていたという。そんなエピソードが、違った意味合いを持って響いてきた。

岩波で昭和39年(1964年)まで働くと、その後5年間は、厚生年金のデータがない。おそらくこの時期に、父はいくつかの製作プロダクションに出入りしていたのだろう。自ら「町田プロダクション」を新橋に立ち上げたと話していたのは、この頃のことかもしれない。

どうにか出発地点にたどり着いた。これがぼくの正直な気持ちだった。

虚言癖が強く、口から出まかせばかりいっていた父のことだ。もし岩波映画の記録が残っていなければ、すべてが架空の話で終わっていたかもしれない。父が当時の映画界に、何らかの形で関わっていたのは事実のようだった。

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