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国家・民族

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』に登場する、幽霊たちの正体は?

あの船で亡くなった人たちだった

「氷山にぶっつかって船が沈みましてね」

宮沢賢治といえば教科書にも登場する国民的作家ながら、その作品はいささか難解である。作中には賢治自ら編み出した造語が頻出し、作品のテーマも宗教の教えを背景とした重厚なものが多い。

中でも、遺作の『銀河鉄道の夜』は多くの謎に満ちている。その謎を解く鍵がタイタニック号にあることをご存知だろうか。

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豪華客船タイタニック号が、処女航海の途中に氷山に衝突し、1500人を超える死者を出す大惨事を引き起こしたのは1912年4月のこと。救命ボートが足りなかったため、女性と子どもを優先してボートに乗せ、多くの成人男性と乗員は船とともに沈んでいった。

賢治は当時、15歳。この事故に特別な関心を払っていた形跡は見当たらない。ところがそれから13年後、詩の中にその名前は突如として登場する。

「まるでわれわれ職員が タイタニックの甲板で Nearer my God か何かうたふ 悲壮な船客まがひである」(春と修羅・第二集)

具体的な描写から、賢治がタイタニック号沈没について詳細に情報を集め、事故に関心を寄せていたことがわかる。

このタイタニック号が『銀河鉄道の夜』で再び登場するのだ。銀河鉄道に乗り、旅をするジョバンニとカムパネルラ。そこへ小さな男の子ががたがたと身を震わせながら乗り込んでくる。背の高い青年と女の子も一緒だ。

 

「いえ、氷山にぶっつかって船が沈みましてね」

青年が語る船が沈没していく様子は、タイタニック号の事故を伝えた当時の新聞報道とぴったり一致している。

ではなぜ賢治は再度、タイタニック号沈没を取り上げなければならなかったのか。賢治は学生の頃、恋人との登山の最中にある誓いを立てている。

「半人がかしこくなつてよろこぶならば私共は死にませう」

人々の幸福のためなら自らの命も投げ打とう。これは賢治の生涯のテーマとなる。そんな賢治にとって、他人のために多くの者が犠牲となったタイタニック号沈没は、見過ごすことのできない事故だったのだ。(羽)

『週刊現代』2018年3月24日号より

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