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週刊現代

震災後の東北を訪ね歩いて分かった、松尾芭蕉の「すさまじさ」

ドリアン助川「わが人生最高の10冊」

世界一のファーブル本

今回は一生のうちに、何度も読み直せる10冊を挙げました。

まず、僕が長年愛読しているのが『ファーブル昆虫記』です。子どもの頃は、昆虫探しをしながら野山を冒険するのが大好きな少年でした。小学校低学年で児童向けの『ファーブル昆虫記』を読んだとき、それはもう興奮しました。

大人になってからも、岩波文庫版など様々なバージョンを手に取りましたが、最も素晴らしいのが、奥本大三郎先生が訳された全10巻にわたる『ファーブル昆虫記』です。

奥本先生はボードレールやランボーを専門とするフランス文学者であり、僕と同じ昆虫狂でもあります。詳細な絵付きで解説も本当に細かく、かゆいところにすべて手が届いている内容。世界一のファーブル本なんです。

『ファーブル昆虫記』の本質は昆虫の生態に迫りながら、生命とは何かを探ることにあります。そのファーブルの思いがこの訳本ではより強く、明確に感じられます。

ファーブルは、進化論で有名なダーウィンと交友があったことが知られますが、ダーウィンもファーブルの洞察力は認めていました。進化論でも説明できない、生命の本質にファーブルは迫っていたからです。

とにかく僕はファーブルが大好きで、2014年にはファーブルが住んでいた場所を巡る旅もしました。

高校時代は虫への興味と、家が化学系の会社を経営していたこともあり、なんとなく理系に進むだろうと漠然と考えていました。しかし、文学や演劇好きの友達から「おまえの本棚は貧相」といわれ、フランクルの『夜と霧』などいろんな作品を薦められたことで考えが変わりました。

「俺は何も知らなかった」と強烈な刺激を受け、文学や演劇に猛烈に興味を持つようになったんです。大学では劇団に打ち込むことになります。

震災後に旅した芭蕉が歩いた道

同じ時期、生きることの意味に悩み、気が狂いそうになる夜もありました。そんなときに宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を初めて読みました。

あらゆる想像力のほとばしりがこの本にはあり、途方もない美を感じました。100回以上は読んでいます。

脳の中で造り出している世界は誰にも存在しているはずで、それを言葉で再現し、伝えるのが詩であると、僕は思っています。『銀河鉄道の夜』は詩情を存分に味わうことができるのです。

同じようにポエジーを感じるのが、サン=テグジュペリ。『夜間飛行』は民間の航空会社が郵便飛行業をスタートするため、危険な夜間飛行に挑戦する様子を描いた作品。テストパイロットたちが嵐に呑まれ、燃料がまさに尽きようとするとき、嵐の目の中に入ります。そして静けさの中、満天の星を見上げます。このシーンにやられましたね。

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人間の土地』にも印象的な場面があります。その土地の部族すらも足を踏み入れたことがない、サハラ砂漠にある台形の丘にサン=テグジュペリは不時着します。

真っ白な砂の上に小さな黒い岩がいくつか落ちているのを発見する。何だろうと手に取った瞬間、「流れ星だ」と気付きます。しびれました。この部分を味わいたいがために今も初めから読み直す習慣があります。

 

おくのほそ道』を徹底的に読み込んだのは2012年。震災後、日本列島はどれだけ被曝したのだろうと純粋に知りたくなり、線量計を片手に旅をしました。『おくのほそ道』を参考に、芭蕉が歩いた道を自分も自転車など人力で進みました。

あらためて読むと芭蕉のすさまじさに驚嘆させられます。人は生産性のあることをして、お金を稼ぎながら、生きています。俳句を詠む行為にも生産の一面はありますが、それはお金を生むためではなく、その根本にあるのは「感受すること」なんです。

四季折々の風情を感受することに徹する生き方。自分も『あん』という小説で、ハンセン病の療養所の、ある女性の生き方を描きましたが、彼女に共感することも俳句の「感受すること」と同じ。今の時代、皆が見失っている姿勢だと感じます。

僕らは整理整頓された世界に生きているわけではないと思う。現実は沸騰したり歪んだりする一方、心の世界は確かにある。その2つが融合した世界を漂う小舟のようなものが本なのでしょう。

本には、時を隔てた友達から受け取る手紙という感覚もあります。友達の家には行ってみたくなる。だから僕は作家が暮らしたり旅したり、縁の深い場所を訪れたくなるんでしょうね。(取材・文/佐藤太志)

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