「アディーレ法律事務所」とはいったい何だったのか

揺れる弁護士業界のいま
秋山 謙一郎 プロフィール

弁護士自治を否定する弁護士、いわゆる経済的新自由主義の発想を持つ若手弁護士たちを無視すると、もはや日弁連(日本弁護士連合会)は崩壊しかねない。戦後守られてきた「弁護士自治」も国に返上することになる。

となると弁護士という職業は、もはや裁判官、検察官と同格の法曹3者ではなく、在野のライセンスを必要とする単なる〈サービス業〉へと成り下がってしまう。

前出・大ベテラン弁護士は、「どうにも"アディーレ"的な発想は好きになれない」と前置きしたうえで、こう語った。

「これまで弁護士など縁のなかったごく一般の市民のなかに飛び込んでいったのはアディーレだった。その"アディーレ"的なDNAは、弁護士界に着実に浸透している。もはや好き嫌いの問題ではなく、これは事実として受け止めなければならない」

こうした背景について愛知県弁護士会司法問題対策委員長の鈴木秀幸弁護士は次のように語った。

「ごく一般の市民にとって弁護士とは、これまでは紹介制を旨とする〈個人商店〉然としたものしかなかった。そこに紹介など必要なく、大規模な広告を打ち出し大勢の顧客を受け入れる郊外の〈スーパーマーケット〉が登場したという話だ」

事実、今、若手と呼ばれる弁護士の間では、アディーレの登場以降、債務整理にみられる効率性のよい分野に特化した大規模な弁護士ビジネスを展開するビジネスモデルを真似る動きが後を絶たない。

こうした弁護士ビジネスでは、ときに"八百屋弁護士"と呼ばれる〈街弁〉とは異なり、離婚や相続といった「手間暇の割に複雑な事件」を嫌う傾向が見受けられる。〈法律家〉ではなく、あくまでも代行業として法的サービスを提供する〈サービス業〉といった趣だ。

 

それでも市民は"アディーレ"を求めている

さて、冒頭部でも触れたが、昨年末、東弁によるアディーレへの追加処分が云々された頃、多くの弁護士らは、こう語ったものだ。

――それはもう、アディーレは弁護士界から出て行ってくれ、ということではないか。

だが、実際はそうはならなかった。その規模を縮小したといわれるが、その業務を再開するとこぞって顧客がアディーレの門を叩いたという。東弁所属弁護士は言う。

「たとえば不祥事が伝えられた大手流通店でも、生活インフラとして消費者になくてはならない存在として認知されていれば、そう簡単に潰れることはない。それと同じで、もはやアディーレは債務整理の分野に強みを持つ大手弁護士事務所として市民の間に溶け込んでいるということなのだろう」

その一方でアディーレ関係者によれば、業務停止によりいったん顧客が離れたこと、また看板名を悪名としたその大きな信用失墜から、実際、経営再建は厳しい面があるという。

「ただただ失った信用を取り戻すべく業務に専念するだけだ」

かつて弁護士界の"鼻つまみ者"といわれたアディーレだが、紆余曲折を経て、今、弁護士界に受け入れられつつある。このまま弁護士界に溶け込んで〈風雲児〉として復活するか、あるいは〈ならず者〉として葬り去られるかは、アディーレ自身の正体ばかりでなく、我々が弁護士に求めているものも映しだすことだろう。

愛知県弁護士会の鈴木秀幸弁護士は、やや否定的な面持ちでこう語った。

「アディーレは間違いなく復活する。そして、"アディーレ"的なモノも、これからもまた出てくる筈だ」

弁護士に何を求めるのか。悪貨とされても必要とされるなら、それはすでに我々自身の選択の結果なのである。

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