「アディーレ法律事務所」とはいったい何だったのか

揺れる弁護士業界のいま
秋山 謙一郎 プロフィール

新人弁護士の働き口になっていた

だが、急激な弁護士数の増加に、法曹界というよりも弁護士業界が追いつかなかった。

それまで弁護士事務所といえば、大掛かりな企業買収案件を手掛ける"渉外系"と呼ばれる大手事務所を除けば、多くは個人商店よろしく経営者である〈ボス弁〉、共同経営者である〈パー弁(パートナー弁護士)〉、正規雇用の〈イソ弁(居候弁護士)〉が1人、2人いれば"大規模"事務所の部類である。

そこに大勢の"新人"を雇うキャパシティはない。"弁護士余り"が伝えられるようになってから生まれたという〈軒(のき)弁(事務所の軒先を借りて業務を行う非正規雇用者)〉としての雇用の枠も限りがある。

 

なぜなら、弁護士の数が増えたからといってその"食い扶持"である事件の数が増えるわけではないからだ。前出・大ベテラン弁護士は言う。

「いろいろ思うところもあるが、アディーレが就職難に喘いで行き場のない新人弁護士たちの雇用を確保したことは評価に値する」

そもそもこのアディーレが世に出てきたのは、債務整理に特化した弁護士ビジネスだった。

時は過払い金バブル。マスコミを駆使した派手な広告戦略も相まってアディーレの名は瞬く間に広がった。

しかし、このアディーレが得意としたクレ・サラ問題、過払い金請求は、それまで地道に活動を続けてきた弁護士たちが苦労の末、やっと裁判所に認めさせたものである。

弁護士界全体が変わりつつあるのかもしれない Photo by iStock

儲けの源泉「クレ・サラ問題」

クレ・サラ問題の元凶は、ひとえに「利息」だ。

そもそも金銭貸借契約では借り手(利用者)と貸し手(貸金業者など)との間で自由に利息(金利)を決められる。だた、それはあくまでも法定の範囲内での話だ。

利息を定める法律は一元化されていない。利息制限法と出資法とそれぞれ個別にある。出資法では29.2%以上の利息は罰則の対象となる。他方、2010年以前、利息制限法の上限は20%だった。問題は、「利息制限法上限の20%以上で、出資法の罰則対象となる29.2%未満」の部分である。

これが当時、よく報道などで目にした「グレーゾーン金利」だ。民事では無効だが刑事罰が科せられない「金利の空白地帯」のことである。

かつて貸金業規制法には、借り手が任意で貸し手に利息を払うと契約すれば、このグレーゾーン金利の支払いを有効とされた。いわゆる「みなし弁済」規定だ。

クレ・サラ問題を生む元凶となったこの「グレーゾーン金利」が違法と認められれば、「過払い分」の返還も可能となり、多くの多重債務者が救われることになる――当時、この問題に取り組む弁護士たちは、それを裁判所に認めさせるべく奔走した。

その甲斐あって、2004年2月の最高裁判決では、この、みなし弁済の適用が否定され、2006年1月の最高裁判決では、グレーゾーン金利は「違法」とされるに至る。

結果、貸金業者はみなし弁済を主張できなくなり、借り手が返還訴訟を起こせば利息が取り戻せるようになった。これが世にいう「過払い返還請求」だ。

いわゆる「サラ金」が社会問題化した昭和50年代(1975年頃)から、平成に入った2006年まで、弁護士たちは、多重債務者救済のため、クレ・サラ問題に、それこそ手弁当で取り組んできた。冒頭部で紹介したベテラン弁護士は言う。

「それまでこの問題はなかなか裁判所が認めなかった。それを長年、クレ・サラ問題に取り組んできた弁護士たちのお陰で、やっと裁判所に認めてもらったものだ。そこに敬意を払う必要がある」

ところがアディーレは、そうした地道に頑張ってきた弁護士界の先達たちを軽く扱う態度を取ってきたという。そして、その弁護士界の先達が勝ち得た「過払い問題」を"ドル箱ビジネス"として収益分野とする。

これが、いわゆる〈街弁〉と呼ばれる多くの弁護士たちにとっては面白くなかった。