学校・教育 ライフ

生徒の1割しか塾に行かない公立校が、名門進学校であり続ける秘密

「異色のOB」が語る
佐藤 優, 杉山 剛士 プロフィール

非合理だから、意味がある

杉山 浦高の特徴をもう一点付け加えると、全校生徒が参加する行事の多さがあります。

佐藤さんもよくご存じのとおり、入学するとまず、10キロの新入生歓迎マラソンがあります。1年生が最初にスタートしますが、上級生が見せつけるように追い抜いていく。実際、見せつけているんですが(笑)。先輩が後輩を抜くことで浦高の先輩として範を示す。

 

佐藤 またの名を新入生虐待マラソン(笑)。

杉山 7月の臨海学校。6月から泳力を測定し、カナヅチの新入生もいるのですが、恒例の早朝補習によって臨海学校に行く頃には一人残らず泳げるようになっています。泳力に応じて30分泳ぎっぱなしの小遠泳、あるいは2キロの遠泳に挑戦し、見事に全生徒が達成します。2017年は、車イスの生徒も小遠泳にチャレンジし、上半身だけを使って見事に泳ぎ切りました。

佐藤 新任の教員も同じように鍛えられるんですよね。

杉山 そうです。教員は生徒の水泳指導をしなければならないので、泳げない教員も特訓を受け、本当に不思議なんですが毎年、教員も含めて全員泳げるようになるんですね。これが長年の伝統です。

そして何と言っても11月の「古河強歩」ですね。7時間以内に茨城県古河までの約50キロを走破しなくてはいけない。先ほどお話ししましたとおり、毎年7~8割の生徒がこの過酷な条件をクリアしています。でも、表彰も閉会式もなく流れ解散。

佐藤 到着順位が書かれたカードしか残らない。

杉山 他者との比較ではなく、「昨日までの自分を超えていく」というのが目標なんです。私は毎年、校門前でスタートの号砲を撃つとゴールの古河に駆けつけて、生徒一人ひとりを出迎えます。これは大急ぎで移動するんです。なにしろ、先頭の生徒は3時間半かからずに到着しますから。

そして7時間という制限時間を過ぎても、直前の関門を通過できた生徒たちはとにかく完走しようと仲間と励まし合いながら走ってくる。この姿には、本当によく頑張ったなと目頭が熱くなるんです。

このように、浦高には「少年を本気にさせるさまざまな仕掛け」が用意されているわけです。

「受験刑務所」には絶対しない

佐藤 先生の「仕掛け」の話で、イギリスの思想家エドマンド・バークを思い出しました。保守主義の父といわれる人で、フランス革命について考察、批判しているのですが、バークによれば「左翼」は理性によって理想的な社会が構築できると考える。フランスで展開された構築主義的な発想ですよね。そういう意味では、予備校というのは構築主義ですね。

一方、「右翼」は、人間には偏見があり、偏見は理性より勝ると考える。いくら議論しても一つの結論にはならない。したがって、多元性が必要となってくるし、真理は複数あると考えます。

絶対に正しいことは複数ある。それから、教会であるとか、王であるとか、伝統というのは非合理であっても、存続しているところに―中世の格言である「有限は無限を知ることができない」という意味からも―存続していること自体に意味がある。だからそこは尊重したほうがいいという、それが非認知能力と関係すると思うんですよ。

浦高行事というのも、一見すると非合理のように見えるのですが、これは最終的には、非合理なものが不条理を防いでいくという機能なのではないでしょうか。

杉山 非合理が不条理を防ぐ。なるほど。浦高は非合理というか、無駄だとか無理なことをやっていると言う人がいますよね。でも、その無駄や無理というものが、実は長い人生で生きてくる。

よく「一見遠回りに見える道が一番の近道なのだ」ということも言われるのですが、私はそのとおりだと思いますね。実は公立の伝統校では一晩中歩いたり、真冬に寒稽古を行ったりと、非合理に見える行事はけっこう例があります。やはりその非合理な行事にも何らかの効果があるということを、伝統校では理解・体得しているのだと思います。

佐藤 そうですね。だから、そういった伝統校というのは、世相に合わせて「受験刑務所」型の学校に変えるようなことは、決してしないんです。

3月20日(火)19時から、三省堂池袋本店にて佐藤優氏のトークイベントが行われます。詳細と参加方法はこちらをご覧ください。
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