2020年、子どもの「学力格差」はこんなに広がっているかも

アクティブラーニングへのかすかな不安
小針 誠 プロフィール

そればかりではない。昨今の学校は、子どもの自己肯定感(自分自身に自信や誇りをもつ気持ち)を高める教育をめざしてきた。ところが、体験学習に積極的に参加できる/できない、自分の意見を適切に発表できる/できないによって、個人の学力や能力は、クラス全員の面前にさらされ、「できる子」と「できない子」がこれまで以上に一目瞭然となる。

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能力の高い子どもは「できる」ことを自覚し、自己肯定感や学習意欲を高め、さらに学習に励もうとする一方、「できない」子どもは劣等感を増幅させ、学習から逃避していくだろう。学力そのもののみならず、自己肯定感や学習意欲といった感情の格差によって、学習共同体である学級や授業が分断されかねない。

特に子どもの家庭環境が多様な公立小・中学校でアクティブラーニングを導入すれば、学力格差はさらに拡大するだろう。

もちろん、文部科学省も手をこまねいているわけではない。同じ轍を踏まないと言わんばかりに、学習指導要領の教育目標や内容をこれまで以上に事細かに記載し、教師に対する授業研修に躍起になっている。

しかし、上(文部科学省)から「主体的・対話的で深い学び」が強調されればされるほど、全国の教室の授業も子どもの学びも個性化どころか、国の方針に沿った画一化に向かうのではないだろうか。

教師にとっては、授業の準備にともなう業務量の増加やこれまで以上の多忙化につながるおそれもある。現場の実態にあった教育施策、とりわけ教師の働き方改革を含めた学校教育の条件整備が求められている。

 

また、教師のみならず、子どもたちも現実の政治や社会のあり方を批判的に学び考え、自身の意見を表明できる自由や少数意見を認め合える寛容さが教室のなかにじゅうぶんにあるだろうか。忖度や自己規制が働きはしないだろうか。

アクティブラーニングよりもむしろ、クリティカルシンキング(批判的思考力)がこれからを生きる子どもたちに求められている。未来社会が先行き不透明であるというなら、なおのこと必要な「資質・能力」ではないだろうか。

現在の学校教育において、アクティブラーニングや主体的・対話的で深い学びを実施するには、課題や問題があまりにも多い。私たちは、アクティブラーニングの歴史上の教訓とともに、現在の学校教育や子どもの現実を直視することで、まずは「アクティブラーニング幻想」から目覚めなければならないのである。