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老いた両親との「同居」を避け「近居」を選ぶ私たちのホンネ

お上は同居させたがっているけど…

政府は「三世代同居」を奨励し、補助金がもらえる地方自治体も増えている。しかし一方で国民、特に子育てや介護に直面する現役世代のホンネは、「老いた両親とは近くに住んだほうが何かと便利だけど、一緒には住みたくない」といったところだろう。

いま静かに広がりつつある「近居」というムーブメントの裏側を、若手政治学研究者の佐藤信氏が読み解く。

「大都市ネイティブ」と「大都市移民」の違い

熟年夫婦の敷地内別居が話題になって久しい。

いつも家を空けていた夫が毎日家にいるのは耐えられない。夫にとっても居心地がよくない。そんななか、敷地内に別棟を建てて生活を別にしたり、日中だけ別に過ごしたり(この場合は正確には同居だが)といった老後が注目されたのだった。

熟年夫婦に限らず、同居するということはそれなりの心理的負担がかかるものだ。親世代、子世代にとっても、二世帯住宅にするのかどうかは、人生の大きな岐路となる。

 

最近話題の近居について前回は、どうして別居が減ったのか、戦後日本社会の歴史のなかからみてみた。今回扱うのは、どうせ近くで住むのに、なぜ同居ではないのかという疑問だ。

同じ都市圏で住むなら、二世帯住宅などで住宅に係る費用を浮かせるというのは自然な発想だろう。ところが、最近では積極的に近居を選ぶ人たちが少なくない。

一つには、それぞれの住宅事情があるかもしれない。

前回触れた『クレヨンしんちゃん』の野原家のように「大都市移民1世」はあくまで核家族のために住宅を設計した。そうした住宅は将来の子ども部屋までは計算しても、結婚した子どもたちの家族をも迎え入れることを想定して設計されていない。野原家の2階は小さい個室ばかりだ。独り者のむさえ(みさえの妹)は気軽に受け入れることはできても、家族を受け入れるのは難しい。

この住宅設計の限界は、元から東京に住んでいて三世代(二世帯)同居になっている『サザエさん』の磯野家と比較するとよくわかる。

磯野家は典型的な平屋建ての和風住宅で、多くは畳敷きの部屋を障子で区切っている。『クレヨンしんちゃん』の野原家より人口密度は高そうだけれど、そもそもプライバシーを守るための設計ではないから、誰かが転がり込んできても布団を出せば和室に詰め込むことができてしまう。

もっとも、将来、結婚したカツオ(11歳)とワカメ(9歳)とタラちゃん(3歳)がみな家族を連れて入り込んでくればさすがに過密だが、たとえばカツオとワカメが家を出たあとにタラちゃんが残って子どもをつくれば、四世代同居も夢ではない。

幸か不幸か、「大都市ネイティブ」と「大都市移民」とでは、住まい方にも変化が出てくるのだ。

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「近居」はいいけど「同居」はイヤだ

しかし、現在近居を選ぶ人たちには、より実感に近い、残忍な理由もありそうだ。

それは「介護」という問題だ。現在の中年・若年世代にとって同居して24時間介護と向き合うことは耐えられない。いや、それ以前に介護が迫っていること自体に思考停止したい。そんな思いはないだろうか。たとえいま介護の必要がなくても、同居すれば、否応なく将来の介護を想像せざるをえなくなる。

実は2008年に行われた「住生活総合調査」が「高齢になった親との住まい方」の希望を聞いている。

この時点では親がいない人や不明を除くと、親と同居する世帯が22.8%、同一敷地に住む世帯が4.4%、片道15分以内に住む世帯が23.1%、片道1時間以内に住む世帯が20.4%となっており、片道1時間以内の「近居」は実に47.9%にあたっている。

では、将来はどう住むのが「望ましいと思」うか。現在の住まい別に比率をみると、結果は次のようになっている(親がいない、不明、わからないを除く)。

縦軸が現在の住まい方、横軸が将来の住まい方である。

こうみると、現在どんな住まい方をしていても、親が高齢になればいずれは距離を近くした方がよいと考える人たちが多いのがわかる。これは当人たちの「希望」ではなく、介護のためにはそうした方が「望ましい」ということだ(詳しく紹介できないが、若年層の方が同居や同一敷地を避ける傾向もある)。

ただ、距離を近くするなかで敢えて近居を選ぶ人が少なくないことも見て取れる。これもまた、介護への恐れの顕れなのかもしれない。

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