東日本大震災で流された大量の「戸籍」が鳴らす警鐘

世界に冠たる戸籍制度はあまりに脆い…
井戸 まさえ プロフィール

全滅失した39日間の届出書

しかしそれでも、南三陸町から法務局に送付していなかった2011年2月分と3月11日まで39日間の届出書は全て滅失していた。

窓口で受理した分は広報誌での呼びかけや火葬場に保管されていた火葬許可証のコピー、住基データの照合できる事件は直接届出を呼びかけ、送付分については仙台法務局を通じて、全国の法務局、市区町村、家庭裁判所等に呼びかけ、再製したものの、現在も100%完全再製にはいたっていない。

戸籍データは発見から2週間ほどで仙台法務局と業者(富士ゼロックス)の協力により、2010年3月31日現在のデータでシステム設置をしてもらい、戸籍届けの際の審査資料としての利用や「行政証明」、戸籍謄本等の添付が必要な場合の記載事項証明として提供し、再製時まで利用することができるようになった。

再製後に証明発行に供するためには3月16日からの戸籍届出分の入力をする必要があり、南三陸町の戸籍係にはその入力が待っていた。

 

戸籍の異動が伴わない人の証明発行はすぐに応じることができたが、3月16日から再整備の5月7日までの戸籍届け出件数は443件にのぼった。そのうち死亡届は413件。南三陸町の通常年の事件数は900から1000件から考えると、2週間で約半年分の戸籍を入力したことになる。

まさに、この時に「戸籍の電算化」「平成の大合併」と幾たびかの高いヘードルを越えてきた経験が生きることになる。

参考とする図書もなく、今まで遭遇したことのない死体検案書の内容や、特殊な記載が多かったが、法務局の指導のもとでなんとか入力し、不便をかけた町民の方々にも謄抄本の公布をすることが可能となった。

〔PHOTO〕gettyimages

その後の平成23年6月7日付けで法務省民事局第1課長名で「東日本大震災により死亡した死体未発見者に係る死亡届の取り扱いについて」という通知に寄り、書面の添付と親族からの死亡届が提出された場合には、市町村の判断で受理し、戸籍に死亡の記載をする取り扱いとなった。

南三陸町では2人体制で申し出の対応にあたり、2011年6月で91件、7月で127件、2016年5月末現在で334件にのぼっている。

申述書の記載の際には、被災状況を詳細に記入することから、遺族にはほんとうにつらい思いをさせることになった。多くの人が涙をこぼされ無念の思いを語る。また、どこにも感情をぶつけるところがなく怒りの言葉を発せられた時もたびたびだった。

「戸籍の弾力的な運用」とはいえ、「行方不明者」を「死亡」とすることは、人の尊厳や認定の厳格さ、遺族の心情に配慮すること等、精神的疲労は言葉に表現できない非常に重い仕事だったと佐藤さんは言う。

一方でこうした取り扱いをしなければ、危難失踪の審判等で家庭裁判所、受理紹介等で法務局が大混乱をきたし、町民にとっても死亡届の相続手続きや保険金の請求手続き等で追えない負担をかけることにもなっただろうと思うと、仕方ない面はあるのだが。

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