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格差・貧困 ライフ

「初体験の相手」と結婚した彼女の密かなコンプレックス

A子とB美の複雑な感情【25】

元日本経済新聞記者にして元AV女優の作家・鈴木涼美さんが、現代社会を生きる女性たちのありとあらゆる対立構造を、「Aサイド」「Bサイド」の前後編で浮き彫りにしていく本連載。今回は、第13試合「貞操」対決のAサイド。

今回のヒロインは、処女を捧げた相手と結婚した元・地味子美女。ある意味オンナとして最高に幸せな人生を送っているのだが、本人なりに不満があるようで……。

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経験至上主義をこじらせて

経験なんて時間に比例してしか増えない、と私自身は思うのだけど、往々にして人は「経験豊富」「経験値高い」なんて言葉を使いたがる。別に、家にこもっていたらこもっていたなりの、こもっていない人には知る由もない経験があると思うのだけど、外を盛んに飛び回り、人と積極的に交わり、あるいはちょっと性的に奔放であるような人を「経験豊富」だと言いたがるのだ。

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付き合った人数や経験人数なんて、本当はおそらく関係がない。10年間で10人と付き合った人には、10年間1人と付き合っていた人のような経験はしていないのだし、10年間1人と付き合ってやりまくっていた人には、その10年間童貞を持て余して過ごした男の気持ちはわからない。10年間で10人と付き合った人が経験豊富そうな顔をするのも、10年間童貞を持て余した人がコンプレックスを感じるのも、本来であればおかしな話である。

仕事にしても、同じことが言える。仕事で海外を飛び回っていた人は、日本国内でずっと仕事をしている人の持つ経験は持ち得ないし、パパ活女子は学生時代に生真面目にコンビニでアルバイトをし続けた人の語れることは語れない。それでも、動きが俊敏で大胆な人を経験値の点で崇める風潮があるのは確かだ。

 

学生AV女優なんてやっていた私に、「私はそういう世界全然知らないので」「そんな経験私にはないから」ととても遠慮がちに語りかけてくれる人がいるのだが、私はそういう時に強いもどかしさを感じる。私にはあなたのような経験がない、とそのまま言葉を返したくなるのだ。そもそも、どんなことでも経験したほうがいいなんていう経験至上主義が、私にはどうにも我慢ならない。経験しなくてもいいものなんてこの世の中にはたくさんある。

経験至上主義をこじらせると、「人を殺す経験がしたかった」なんて口にしたかの17歳のようなロクでもない事態になることは必至で、だからこそ人は経験値についてのコンプレックスなんて持たないほうがいいに決まっている。

というのは私の大変個人的な、勝手な意見。それはある意味、私自身が世間的にどちらかというと「経験豊富」な分類にされがちな経歴を持つからなのかもしれない。だから彼女の話を、私はいつももやもやとしながら、それでもそれはそれで尊い意見だと、聞き流している。

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