ウルトラの父が出迎える須賀川市役所。多くの人がヒーローになれそうだ 写真/なかのかおり
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福島7年目の希望〜全壊だった市役所にできた「障害者と働く」食堂

「障害者が認められる場」のつくり方

東日本大震災から7年。

当時、全壊した福島県須賀川市役所が2017年5月、きれいに生まれ変わった。新庁舎には、前にはなかった障害者が働く食堂と売店「こむぎ」が入っている。

ジャーナリストのなかのかおりさんは、2000年ごろに新聞記者として福島市に赴任しており、その縁もあって震災後もたびたび福島を取材してきた。

2月にこむぎを訪ねると、「障害者が働く姿が見える、認められる場を公共施設に」という当事者たちの情熱があった。

 

新庁舎の食堂に希望業者なし

須賀川市役所につくと、円谷監督が地元出身ということでウルトラマンの大きな像に迎えられた。庁舎が新しく、デザインが美しい。食堂と売店の「こむぎ」は、庁舎の端にあって日当たりがよかった。昼時のお客さんが引いた午後2時過ぎ、食堂でスタッフが掃除やゴミまとめに体を動かしていた。

きれいな市庁舎でこの看板が迎えてくれる 写真/なかのかおり

市社会福祉課の島田聖さんに、震災後の様子を聞いた。庁舎のある地域は震度6強と揺れが強く、全壊した。「市民の皆さんを避難させて、重要な書類もそのままで逃げました。4階建ての庁舎は傾いてボロボロでした」

震災時の市役所を外から見た様子。建物そのものがゆがんでいる 写真提供/須賀川市役所
市庁舎内の2階。書類を持ちだす余裕もなかった 写真提供/須賀川市役所

市の人口は昨年で約7万6千人。県外に避難した人も多く、約400人は戻っていない。震災後6年間、市役所は市内の体育館や仮設のプレハブなど6か所に分かれていた。新庁舎の建設費は約93億円で、設計に1年半。さらに2年半の工事を経て2017年、やっと完成した。

これまで庁舎の食堂は業者に運営を委託していた。ところが今回は、震災後の混乱で一社も申し出がなかったという。何をするにも費用は割り増し、資金が出せない。島田さんは「新庁舎の食堂を運営する業者がいないとの情報を聞き、障害者の施設長や支援者から『業者が見つからないなら、福祉法人が運営できるのでは』と意見が寄せられました。私たちもこの数年、他県で庁舎に障害者と働く店を入れる事例は把握していました」と説明する。

そこで推薦されたのは、地元の社会福祉法人「福音会ワークセンター麦」。新庁舎で「就労継続支援B型事業」として94平方メートルの食堂と売店を運営することに。

ワークセンターの伊東久美子さんは「市内に住む障害者の親御さんから『市役所のような公共の場で、働く姿を見てもらうのが夢だったんです』と言われました」と明かす。全壊した市役所の再建という予想外の出来事が、親や支援者の願いをかなえるきっかけになった。

ワークセンターは市役所の近くで障害者が働くうどん店(現在は閉店)を運営していて経験はあった。伊東さんは「十分な営業ができるかわからず不安はありました。売店の仕入れやご飯もののメニューをどうするか、数年かけて準備しました。働きたいスタッフにはうどん店でお弁当作りを経験してもらいました」と話す。

市から無償で場所を借り、光熱費も市が負担する形になった。さらに今年度と新年度は約240万円の予算が付き、サポートスタッフの人件費に充てられる。