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『西郷どん』に見る「恋愛結婚至上主義」による歴史の書き換え問題

NHKドラマに頻発する奇妙な大前提

フィクションといっても…

大河ドラマ『西郷どん』は西郷隆盛の生涯を描いている。

少年時代から青年時代にかけて細かく描いている。

激しい政治活動に没入していくまえの、薩摩ひとりの若者としての生活が描かれていた。

西郷が若年のころ、薩摩藩で〝お由羅騒動〟が起こる。

薩摩藩主、島津斉興の正室の子・斉彬と、側室の子・久光と、どちらに家督を継がせるかで、揉めた。よくあるお家騒動である。

島津斉興は、側室のお由羅とその子の久光を溺愛していたので、久光を後継にしようとるすが、英明と噂された斉彬を推す勢力も強く、やがて中央政府まで介入して、斉彬相続と決まった。 

正妻の子と、妾の子と、同等に扱われている。

男と女に関して、ここではノンフィクションである。

 

やがて西郷たち若者の結婚の話になる。

西郷とその仲間たちの青春篇である。

西郷とその仲間というのは、その後、幕末動乱の志士として活躍し、また明治建国の元勲となっていく歴史上の人物たちであり、彼らがただ若者として溌剌と騒いでいるさまを見るのは、何だか心あたたまる(中村半次郎が芋を持ってきたシーンには胸を打たれた)。

ドラマのヒロインの1人が、隆盛の3人目の妻になるイトで、黒木華が演じている。

彼女は子供のころから西郷隆盛が好きで、ずっと好きだった、という設定になっている。でも別の男のところに嫁ぐ。

ちなみに大久保正助(利通)がイトを好きで、イトは西郷が好き、という奇妙な三角関係にも設定されている。

まあ、そのへんはご愛嬌である。フィクションでかまわない。

ただこの時代に、「恋愛(好き嫌い)」と結婚を強く結びつけているのは、なかなか斬新だとおもった。

大久保がイトに、もし好きな人がいるのなら嫁ぐのはやめたほうがいいとアドバイスするし(大久保は彼女が自分と一緒になってくれればと目論んでいたのだが)、西郷は「大久保とイトが一緒になればいい」と願っていた。それを知ったイトは、西郷を諦め、ほかの男に嫁いでいく。

青春群像篇なのだから、そのへんは事実と則してなくても、べつだん何もかまわない。楽しければいい。

ただ「好きになった人と一緒になることこそ、幸せな結婚だ」という考えが大前提になっているのは奇妙な感じがする。

もちろん、作っているほうも、わかっていて、そういう無理設定にしているのだろう。それにしても、なかなか破壊的にすごいなとおもう。

恋愛と結婚は別

「好きになった者同士で結婚する」のが善で、「親が決めた者同士で結婚する」のが悪だという「考え」は、2018年的にはよくわかる。

しかしそれは普遍的な考えではない。

「親が決めた者同士で結婚する」というのは、べつだん悪いことではない。私はそうおもう。

絶対にいやな相手と結婚するのはつらいだろうけれど、ほとんどの場合「よく知らない人」でしかない。よく知らない人と結婚するのは、当人は当惑するだろうが、当時の大人から見れば、それでいいんだ、ということだったのだ。

結婚はそういうものだろう。

恋愛と結婚を、無理に関連付ける必要はない。

嘉永安政のころからそうで、いまもそうである。

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