医療・健康・食 エンタメ ライフ

熟年離婚から10年、2度目の結婚記念日を迎えた父と母とぼくの未来

現役証券マン「家族をさがす旅」【6】
町田 哲也 プロフィール

「お父さんが頑張れるなら…」

「頑張ってね」

 手術室に入る前に、少しだけ面会の時間をもらった。手術は3時間ほどかかるという。手術室に入る際に、もう一度励ましておきたかった。

「おう」

最初はぼくの存在がわからなかったようだが、母にいわれて父はぼくのことを見た。

「さっき話したことなんだけどね」

母が再婚の話を持ち出すと、ぼくは気まずくてベッドから少し距離を置いた。これはあくまでも父と母の問題だ。自分が出ていくようなものではない。

「お父さんが頑張れるなら、もう1回籍を入れようと思ってるの」

「そうか。ありがとう、ありがとう」

一瞬涙で目を潤ませると、父は目を強く閉じた。

「明日にでも、市役所に出してこようと思ってね」

「何回もいうな。わかったよ」

母の長い話を止めるのは、いつもの父の癖だ。せっかちさは、緊急治療室のベッドでも、これから大手術がはじまろうとしているそのときでも、何も変わってない。その頑迷さが、この状況ではぼくたちに安心感を与えた。

 

「また出ちゃったよ。また大便だよ」

 父は、何度かそういって看護師を呼んだ。

看護師の説明では、便と同時に血が流れているとのことだった。出血は依然として止まっていなかった。輸血と点滴で血圧は何とか50以上を保っていたが、最悪のときは40を割っていた。死んでもおかしくない状態だったにもかかわらず、意識だけはしっかりしていた。

普通の人は、それだけ血圧が低いと意識がなくなるらしい。本人の気力と体力の勝負だ。ぼくは着替えを取りに、いったん世田谷の家に帰った。

手術が終わったのは、夜の11時頃だった。八木医師の説明では、出血は止めたが、血の量が多かった割に傷が小さいのが気になるという。今後出血しないかわからないと、かなり慎重ないいぶりだった。もしかしたらほかの原因があるかもしれない。

父は麻酔からまだ醒めず、人工呼吸機をつけて目を閉じていた。安らかな表情に、苦しかったことが嘘のようだった。

12時過ぎに病院を出て、母の車で実家に帰った。翌日は、姉が見舞いに来るという。ぼくは久しぶりに実家に泊まった。